第6話 果南の苦痛の叫び
動物園を出てから、電車一本で繁華街に行き。遅めのランチを取ることにする。
果南のオススメのインド料理屋で、チキンビリヤニを食べることになった。ビリヤニという単語を今日始めて知ったよ。
インドのチャーハンのようなもので、細長いインディカ米を黄色いスパイスで炒めたもの。チキンとカレー粉の辛味が混じり合ってて、かなり食べやすかった。食後のサービスで飲んだラッシーもまろやかな甘みが効いてて美味しい。
「インド料理屋って初めて入ったかも。ビリヤニ結構美味しかった」
「エスニックって、日本に居ながら海外の味が楽しめるから僕は好き。なんか、世界が広がった感じがしない?」
「果南は新しいことが好きなんだねぇ」
「食べ物に関してはそう。レストランは不味いものを売りにして商売しているわけじゃないし。安心して挑める」
「私、パクチーはダメだからなぁ。一度だけ、タイ料理食べたことあるけど、パクチーはほんと無理だった……」
ランチの感想を話し合いながら、アーケードを歩いていく。ファッション関係の物が並んだ、色とりどりのショーウィンドウ。お上品な革靴や、フェミニンなピンク色の女性物。きらびやかに着飾ったマネキンがこっちを向いている。
2人でそれを見ながら歩くだけでも楽しい。老若男女の人混みの中を一緒に歩くのはワクワクするけれど、果南は心細いのか私の手を恋人つなぎでギュッと握ったままだった。やはり、男の人が多いから。
『父イエスは我々悩める子羊に安寧の術を教えてくださった。我々はその教えを受け継ぎ、新しい共和の心を持って生きていかなければならない。自由・平等・友愛。世界の平和を、共に和を持って救おうではありませんか!』
「うわ……」
駅前を歩いていたら、ガードレール近くの路上で宣教活動をしている団体が目につく。服装がババ臭い。けど、どこかで聞いたことのあるフレーズだった。
【共和革命の精神 自由・平等・友愛】の赤い看板を持ったおばさんたちがニコニコと笑い、スピーカーから賛美歌と教祖らしき男の声が響く。メガホンを手にした、リーダーっぽいおばさんが何やら唱えていたけど、関わりたくない。
「ほんっと、耳障りだ……摩耶、早く行くよ」
「え、うん……」
「早く!!」
ぐいって、勢いよく果南が手を引っ張ってきた。それも、普段の冷静な果南とは思えないほど、強く急くように。
私だって新興宗教なんて大嫌いだけど、果南は心底嫌いなんだ。果南の顔を覗く。普段からは全く想像だにしない険しい形相に、恐ろしくなってしまった。
「ちょっと、痛いってば」
「いいから、早く」
こちらのペースも考えず、果南の赤色スニーカーが急ぎだす。それに、私の茶色のヒールがレンガの歩道にカツンカツンとタップする。果南の手からじんわりと汗が出ていた。一体何なんだろう―――
「ちょっと、果南!? 果南なんでしょ!!」
街宣活動してるおばさんの1人が、果南の名前を呼んだ。振り返ると、驚きと不安げな表情が混じった、黒いクロークを着た黒髪の50歳位のおばさん。加齢で皺はあるけれど、小顔で目尻もキリッと整っていて。どこか、誰かに似ている。
「お前なんか知らない。勝手に話しかけてくんな」
「実の母親になんて口利くの!? 信じられない!!」
あれが、果南のお母さん……って!? あまりの衝撃に、私は思考を止めてしまう。
そんな私とは違い、果南は苦虫を噛み潰しような表情をする。隠す気もサラサラ無い苛立ちが伝わってきた。
「なんで私に何も告げずに一人暮らしなんかしてるの? それでも私の子供なの?」
「あんたが母親を名乗る資格はない! 僕を裏切って、売っぱらったくせに! うぜーんだよ!!」
「大司教様はあなたに共和の真髄、隣人愛を教えてくださったのよ! それをあなたは……」
私を助けてくれた時に切った啖呵よりも、凄まじい怒鳴り声が辺り一面に鳴り響かせた。信者の人たちも、行き交う人達もなんだなんだと注目を集め始めた。その隣に居る私は、とてつもない居づらさを感じるし、すごく怖い。
共和の真髄? 一体なんのことなんだろう……果南がキリスト教に詳しいのって、そういうことだったんだ。
「あのクソ野郎が僕に何したか忘れたのか!? そのせいで、家族も、僕の人生もめちゃくちゃになったんだ!」
「裏切ったのはあなたでしょ!? どうして、大司教様の教えに背いたの? あなたはユダだわ」
「どっちがユダだ! 銀貨30枚で僕を売り払ったくせに!」
銀貨30枚って、多分比喩表現か何かだろうけど。果南が母親に裏切られた? 大司教って一体なんなの?
わからないことばかりで困惑する私とは反対に。果南は怒りのあまり、周りを気にせずに暴言を吐きまくった。
「僕に関わるな、触れるな、喋るな! 母親ごっこもまともに出来ないカルト教徒のくせに! 早く死ね、バーカ!!」
「果南! 早くここから離れよう! これ以上ここにいても、何もならない!」
一刻も早くここから立ち去らなきゃいけない! そう考えた私は瞬時に果南の腕を強引に引っ張った。
騒然とした人混みの中、母親は涙を流しながら声を張り上げ、果南は怒り心頭で端正な顔を歪めている。この状況は果南を苦しめる一方でしか無いのは分かっていたから。だから、早く逃してあげたかった。見せたくなかった。
「家に、家に帰りたい……摩耶、ついてきて」
少し混み合った電車の中。先程までの楽しかった雰囲気とは違い、窓越しに映る景色も色褪せたパノラマみたいに流れた。
ガタンゴトンと揺れる中で、隅に2人で立っている。ぎゅっと服をつまみ、果南が私の胸に頭を擦り付け、囁いた。
不安に押し潰れて泣きわめきそうな子供みたいに。果南の縮こまった体がわなわなと震えていた。
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