第2話 女の友情と指先の距離
昨日の悩みは一体なんだったのかと。果南とはあっさり出会ってしまった。
ちょうど、1限目の経済学基礎の時間。広々とした階段教室には様々な学生たちが入り混じっていた。
「摩耶。昨日はお互い大変だったね」
「果南……そっか、必修の授業だから探せば会えたんだ」
「そうは言っても、人数の関係で2つに分かれてるけど。五分五分で運が良かった感じ」
左隣りに座ってきた果南は、昨日出会った通りのクールビューティー。
黒革のリュックを足元に置き、肘を机に着いた物憂げな表情がかっこ良かった。
青のジーンズに黄色いシャツを着ていて、ボーイッシュに磨きがかかっている。
「あれから、あのサークルってどうなったのかな……」
もしかしたら、また誘われるとか、嫌がらせを受けちゃうかもしれないとか。それで昨日は眠りづらかった。
特に果南は目立っていたから、身の危険があるんじゃないかと心配になっちゃう。
「事務室にチクった。他の子もチクったらしくて。あのサークルのメンバー、どうなるんだろうな」
「それは良かった………のかな?」
「問題ない。あんまり不安になんないほうがいい」
顔をうつむいて不安げにしている私の背中を、果南は優しく撫でてくれた。
ただ、弄る手がくすぐったいと言うか、なんというか……エロい。肌が敏感になって、ビクっと跳ねてしまった。
「んーどうかした?」
「いや、なんでもないけど………もしかして、果南って左利き?」
「よく分かったね」
「私の左隣に座ってたから、なんとなく。利き手が重ならないようにってことだよね?」
「なら、ちょっとした特技を見せたげる」
筆箱から取り出されたのは六角形の鉛筆2本。果南は両手それぞれに鉛筆を握り、そしてノートに文字を書き始めた。“摩耶”って私の名前を。
漢字の間違えもなければ、どちらの手でも上手に書けちゃってる。すごい、果南の器用さに驚いた。
「左利きだったんだけど、親の偏見で右でも書けるようにされた。まあ、一芸にはなってるけど」
「果南めっちゃ器用じゃん! すごいなぁ……」
「その分、練習きつかった。まあ、過ぎたることだよ」
少しだけ陰りがさした果南にちょっと闇を感じる。けれど、表情は変わることもなく落ち着いている。
授業開始のベルがなり、私達は初めての大学の授業を受けた。
『今回、この授業で教えることは経済学の分類についてです。主にマクロ経済、ミクロ経済と分かれていて―――』
初老の男性教授が、大きなスクリーンに映し出されたパワポの資料を動かしていく。渋い声で解説を始め、私は配られたレジュメに文字を書き込んでいった。
私がカリカリと板書を取っていると、果南の右手が私の左手へと迫っていく。
一体何なんだろうと私は手元を見る。ゆっくりとヘビみたいに近づいてきた果南の手が、私の手の甲を撫で始めた。
「えぇ……?」
ぞわっとした。いったいなんなんだろうと果南に聞いてみたいけど、ちょっと怖い。
だって、果南は目の前のスクリーンをまっすぐ見ていて、私と顔を合わせようとしないから。
「………………」
その間も、果南の長く整った指先は、私の小さな指の隙間をなぞり、つつつと指の腹でくすぐっていく。
いたずらというか、セクハラというか。なんかちょっと怖くなってきた。
「あの、果南………」
小さい声で果南に問いただそうとすると、果南は私の手をギュッと握ってきた。
あまりのことに、ビクっとしてしちゃったけど、果南の表情はなんだか渋い。どうしたんだろう?
「ごめん、摩耶。このまま手を握ってもいい?」
「どういうこと?」
なんか、思った感じとちがうというか。果南の手が少しだけ震えているのが分かった。
「僕、おっさんの声が苦手なんだ……だから、ちょっとの間でも手を握ってもいいかな」
「……そうなんだ」
嘘を付いている感じはしなかった。果南は本当に初老の人が苦手なんだ。表情がちょっとだけ青ざめている。
なぜなんだろう? それを聞くには、私はまだ度胸がない。多分、まだ触れちゃいけないことなのかもしれない。
「でも、板書取るのが難しくなるから、ちょっとだけで大丈夫?」
「うん、ありがとう摩耶」
5分ほど、果南は私の手を握ってから。落ち着いたのか名残惜しそうに離しくれた。
あの気丈な果南にも弱点があったんだと思うと、少し意外に思えた。むしろ、かわいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます