「フラテルニテ」と君は囁いた
如何ニモ
第1話 ボランティアサークルと勧誘、カッコいい女の子
・フラテルニテ
フランス語で友愛を意味する言葉。
元はフランスの共和制を表す言葉の1つ。自由・平等・友愛。
己の欲せざる所は人に施すなかれ。常に、自分がされたいと思う善事を他者に施すように。
□ □ □
4月、それは新生活の始まり。春風が穏やかに流れ、太陽の光が暖かく見守ってくれる。
私こと、瀬能摩耶は1浪してやっとこさ有名私立の大学に入ることができた。
100年以上の歴史を誇る、プロテスタント系の大学。日本でも有数の偏差値の高いところ。
受かった時はめちゃくちゃ喜んだし、キャンパスライフに憧れだって抱いていたし。
格式のある大学で、キャンパスが赤レンガを多用した古風で、スパニッシュな建築がおしゃれ。
高学歴というブランドを持てたことにも、強い優越感を感じていた。
この際、大学デビューを狙って、髪を薄く茶髪にしてみた。髪型もふわふわとしたボブにしてみたり。
服装もいろいろ悩んだ末に、清楚系を狙ったグレーのロングスカートに白のシャツをあわせてみる。本当に似合っているのかは分かんないけど。顔も体もちんちくりんで自信がないからなぁ。
入学式のオリエンテーションを終えれば、そこに待ち構えるのはサークルの新歓だった。
長机に載せられた文化系のペーパー。ペンキで塗ったベニヤ板の立て看板。声を張り上げて誘う、ユニフォームをまとった体育会系。涼しい風に揺れる、春の桜が新入生を快く迎え入れてくれる。
大学って高校とは段違いなんだと、改めて知った。あまりのきらびやかさに、私の中のアオハルが芽生えてしまうほどに。
「ボランティアサークルどうですか!?」
その中でも、一際興味を持ったのはボランティアサークル。大学がキリスト教なので、4つくらいあるみたい。
これといって特技も個性もない私にとって、ボランティアって意識高いけど。手軽そう。社会貢献ができるのも面白いかも。履歴書にも書けそうだし。
ひとまず、目についたサークルを選び、新歓コンパに参加することになった。
まあ、それが色々失敗の原因だったのだけど―――
□ □ □
サークルの新歓コンパなのに、オフィス街のレンタル会議室へと誘われる。
そこにあるのは、ちゃちな紙皿に置かれたお菓子やペットボトルのジュース。未成年への配慮らしい。
新入生はその白く囲んである会議机の席に座り、サークルの先輩が語ることを聞いていた。
「当サークル『リビルド』へようこそ! 私達は『マグダラの愛教会』の精神に載って、社会の、いえ、世界の平和を目指したサークルです! 新入生の皆様には、ぜひとも教会の教えを知っていただきたく、ビデオを用意しました!」
大学のオリエンテーションの時に聞かされた、新興宗教の勧誘を主としたサークルに気をつけろと。
そんなのに遭遇しないだろうと高をくくっていたけど、まさか初っ端に出会うとは思わなかった……
強制的に40分のビデオを見させられて、スクリーンに映る胡散臭い笑顔あふれる教祖の顔にめちゃくちゃ腹が立つ。
こんなにも退屈なら、レンタルビデオやでアニメでも借りている方が有意義だわ。マジで。
新歓コンパなのに居酒屋でやらなかったのは、この宗教が飲酒を禁じているからだってことは分かった。その他は聞き流してるし、興味が微塵も湧いてこない。とても辛い……
「どうでしょうか、我がサークルは! 皆様にはこれから、私達の教会で合宿をしていただきます」
「ええええ!?」
さも当然かのように宣告された軟禁合宿。これ、本物のカルトなんじゃないかな!?
あまりのことに、周りの新入生も声を荒げる。ざわつく中、私もか細いながらも声を出してしまった。
「流石にあんまりだ! 俺たちは帰らせてもらう!!」
男の子の1人が怒鳴るが、メンバー達はずっと笑顔を絶やさなかった。まるで歯牙にもかけない。
「残念ながら、このサークルに来たのなら、ちゃんとレクチャーを受けてもらわないと困りますねぇ」
いつの間にか会議室の扉の前にはガタイの良い男たちが塞いでいた。厳ついし、睨んできてるし。
周りのどよめきで出鼻をくじかれて。これはもう、本当に拉致られるんじゃないかと。内心めちゃくちゃ焦った。怖かった。
これから、どんな目にあってしまうのか……血の気が引いて、私は何も言えなくなる―――
「知ったこっちゃない。僕は帰るから」
鶴の一声。騒ぎの中、冷たい氷柱が落ちてくるように、場の空気を一瞬にして変えてしまった。
私の隣にいる、とてもクールで美人な大人っぽい女の子。私なんかよりも背が高くスラッとしてる。
黒い、短めにカットされた刈り上げの髪。グレーと赤のメッシュ混じってる。ボーイッシュな顔つき。
服装も、灰色のレギンスに黒いトライバルが描かれたTシャツ、紺色のジャケットを着たちょっとパンクっぽい容姿。
「え、あれ?」
突如、その女の子に左手で右手首を捕まれ、私達は塞がれている入り口へと向かう。
ズカズカと歩いていって、女の子は相手と視線を合わせて言い放った。
「どいてもらえますか?」
険しい顔をした男の人に、私は怯えてしまう。よく堂々と啖呵が切れるなぁ。
涼しい顔をした女の子はそれを意に返さず、頑としてお互いに睨みつけていた。
「悪いけど、まだレクチャーが途中―――」
「どけっつってんのが分かんないのか!?」
突如放たれる怒声に、辺り一面がしーんとしてしまう。私も驚きのあまり、ぽかんと口を開けたまんま。
腹から押し出された威圧的な声は、屈強な男ですら後ずさりしてしまうほど効果があった。
「早く、去ね」
バンっとクリーム色の重たい扉を叩くと、そのまま押し切って外に出る。私もごくりとつばを飲んで、一緒に出ていった。
無言で廊下を歩き、エレベーターに乗り込み。オフィスビルを出てからも、何を語るわけでもなく。手はつないだまま。
駅へと戻る道すがら。街灯がコンクリートジャングルを照らし、冷たい夜風が肌にしみる。私は先程までの息苦しさから解放されて、落ち着いてから女の子に話しかけた。
「ありがとう……私、本当に怖かった」
マジで怖かったし、小動物みたいにぷるぷる震えるしか無かった。仕方ないじゃん、囲まれちゃ無理だよ。
さっきまでの出来事で、私の手は震えっぱなしで。不安を抑えようと、お互いの指を絡めてギュッと握ってくれる。これって、恋人つなぎじゃない?
「別に。僕は勝手に抜け出そうとしてただけだし。ついでに助けただけ」
「ほんと、ありがとう……私、何をしていいか分かんなくて」
「あのまま残ってたら、あんた引きずり込まれそうだったしね。可愛そうだっただけ」
馬鹿にするわけでもなく、あっさりとトーンを変えずに言ってしまえるのが羨ましい。
声はとても澄んでいて、綺麗なハスキーボイスだった。もっと聞いてみたい。
事実、助けてもらったのは本当のことだし。私にとっては感謝の念に絶えなかった。
「私一人じゃ絶対に無理だったし。命の恩人だよ!」
「そこまで持ち上げられてもなぁ。ねえ、あんた名前はなんていうの?」
「私は瀬能摩耶。1浪してここの大学に入った新入生。あなたは?」
「僕は蜜風果南。年上だったんだ」
「頼りない年上だけどさぁ……蜜風さんは子供の私より、ぜーんぜん大人っぽいよ」
「いや、そんなことない。僕だって、あの時ちょっと怖かったし」
自然と緊張の糸がほぐれだし、私は色々とお互いのことをお話し始めた。
「いやー、私、第一志望でここ受かって良かったと思うなぁ。経済学部なんだけど、授業難しそう」
「僕も経済学部だよ。奇遇だね」
「本当!? それなら、これからも一緒に授業受けられるね」
いきなり出来たお友達に、私はめっちゃ興奮しちゃう。こんな状況だったけど、希望の光が見えた。
それに、蜜風さんは美人で、私とはぜんぜん違う高嶺の花というか。服装から何まで違うし。
「僕のことは果南でいいよ。摩耶って呼んでも良い?」
「うん、もちろん! これからもよろしくね、果南」
意外と距離があっさりと縮んでいく。吊橋効果ってやつかな。クールな見た目をしていても、割と愛嬌があった。
こうやって手を握り続けると、友情が芽生えていった気がした。これが女同士の熱い友情……いいね!
「帰り、途中までは一緒に行けるね」
ローカル線の電車の中でも私達は手を握りっぱなしで、違和感は感じたけど安心感があるのは確かだった。
ぼーっと、ガタンゴトンと揺れる赤いソファーの座席。肩を寄り添いあい、お互いのことを意識し始める。
もしかしたら、私の心臓がドキドキしているのも伝わっているのかな? 私は果南の手のぬくもりをじっくりと感じる。
「僕が摩耶を助けたのは気まぐれだけじゃない」
「えーっと、どういうことかな」
果南は私に振り向くなり、じっと視線を合わせながら小さくはにかんだ。
「フラテルニテ、さ。僕の好きな言葉だから」
「フラテルニテ……? なにそれ?」
私が疑問符を浮かべていると、プシューっと電車が駅に着く。果南の最寄り駅だったみたい。
立ち上がるやいなや、開く電車から飛び降りて。左手を振って私に優しく笑ってくれた。
「じゃ、また明日。お休み」
「え、連絡先教えてもらってないんだけどっ!!―――行っちゃった」
明日って、どうやって会えば良いんだろう……大学中探したら会えたりするのかな。
考えてもというか、あまりにも色々ありすぎて疲れちゃった。緊張の糸が切れて、胸に手を当て心底ほっとした。
とりあえず、さっき果南が言っていた言葉をググってみる。確か、“フラテルニテ”だったかな。
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