七通目 幸せの島

 あなたへ


 僕はこの手紙を、あなた、いや誰も知らない小さな小さな島で書いています。たまたま持っていたこのペンで、乾パンを包んでいた紙にこれを書き記しています。あとは、ボトルに入れれば波があなたにこれを運んでくれるでしょう。

 僕は29日前にこの島に漂流しました。乗っていた大きな船が沈んで、命からがら救命ボートに乗れた僕は、何時間、何日か流されてこの島にたどり着いたのです。何人か、一緒に逃げてきたと思っていたのですが、この島にいたのは僕一人でした。というのも、沈んだ船から少し離れたところで、僕たちも荒い波に何度も叩きつけられて、僕はボートに食らいつきながらも何度も何度も海水を飲んでしまい、気を失ってしまいました。そのあと、救命ボートについていたオレンジの袋を抱えたまま、僕だけがこの島にいたのです。

 この島はとても不思議な島で、説明しようがないくらいに小さく、何もないのです。これを島と言っていいのかすらわかりません。ちょっとした巨人のお腹が、海からポッと出たような風体なのです。生きるために、いかだを作ろうにも、畑を作ろうにも、この島は僕に何もさせてくれません。僕は29日間、何もせずに、ただボーッと今までの人生を振り返っていました。

 そうして、こうなったのは、僕のその前の人生に対する罰だと思いました。

 僕はそれまで、いい人生は仕事をしなければ得られないものだと考えていました。いい会社で働き、いい稼ぎをして、またはいい活動によって人を助ける。そうして、社会に貢献することは、すなわち人生で、それをしない人間は生きるに値しないと思っていました。

 ただ、それは僕がそうした人間だったからではありません。むしろ、僕のいう生きるに値しない人間でした。だから、自分は無意味だとずっとそう思っていました。大変苦しんでいました。僕は、幸せになってはいけないと思っていました。

 しかしどうでしょう、この島は、神は、僕に何もさせてくれません。でも、不思議と僕は幸せなのです。この島は、僕以外に、何もありません。なぜだかはわからないのですが、この島に来て、僕は初めて、僕という人間は生きている価値があるんだと思えています。

 僕がこの島に来た理由は、それまでこのことに気づかなかった自分に対する罰なんだと思います。

 僕が今日まで生きてこれたのは、僕が抱えていた袋というのが、偶然にも食料の入った袋だったからです。その中には、十人分の食料と水が3日分入っていました。そうです。そうなんです。僕一人が生きるのには、30日分なのです。明日には、それらが底を尽きるのです。そうして、この手紙を書いています。

 あなたにも、あなたという人間は他に何がなくても価値があると伝えたくて。


 僕より

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

連載中:ダレカの手紙 文学ベビー @greenbook1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ