四通目 東京の美人

 拝啓


 友よ、そっちの方は元気にやっているかい。僕がこっちに出て、もうすぐ一年が経つね。東京というのは、やっぱり話に聞くように大きな街だ。そっちとは、もう同じ国とは思えないほどだ。

 正直、もうそろそろビルに囲まれるのもうんざりしてきたほどだ。最初、この摩天楼は全部ハリボテなんじゃ無いかと思っていたよ。だって、考えてみろよ、見渡す限り、ビル、ビル、ビル、それもそっちには一つもないような天にも届くビルだ。そんな中に、それを埋めるような人や、ましてや会社なんてあるわけがない。そう思っていた。でもな、いっぺん渋谷や新宿みたいな街に行くと、あの摩天楼は本物だと思わされる。陳腐な表現だが、街には、人が溢れているんだ。どこにそんなに潜んでいて、どこに向かうのか全く想像がつかない。歩いているだけで気持ちが悪くなるほどの人の数だ。君にも見せてやりたいね。

 そんなわけで、人が多いわけだが、ただ多いだけじゃない。美人が多いんだ。美人だよ、これまた本物の。君、駅前の『喜雲』というラーメン屋を覚えているかい。そこに昔、アルバイトの高校の子がいたじゃないか。あのレベルの、本物の美人が、こっちにはあちこちにいるんだ。

 僕はこっちに来るまでは、僕がこんなに美人に弱いなんて思わなかった。大通りを歩けば、向日葵の柄をしたワンピースに、不釣り合いなキャップをかぶったボーイッシュな美人が。喫茶に入れば、真っ白いシャツに、細い足を黒いジーンズで隠した美人。電車の中に、普通なら気取っていると反感を買うようなカーディガンを優雅に肩にかけた、美人。どこをみても、美人、美人、美人。夜にアパートの近くを歩いた時でさえ、小さな犬を歩かせる、お姉さん美人だ。街を歩いているだけで、僕の目はあれよこれよと大忙しだ。

 でも、僕はこの人たちと仲良くなりたいなんてのは全く思えないんだ。いや、すまん、全くないと言ったら嘘だ。でも、そう言った下心がないのは本当だ。ただ、美人という事実が、僕に印象を残して去っていくんだ。

 どうやら、僕はね、東京に来て、恋をするということに中毒になったらしい。毎日毎日、この美人という生き物に新しい恋をしているんだ。その新鮮さ、高揚感、そして、彼女はそのことに気づいていないだろうという秘密めいたこの感じ。美人を見つけた瞬間、あっと思わず声が出るんだ。そうして、彼女が去っていくのをみて、あぁいい恋をしたと思うんだ。きっと君は「違うだろう」とツッコむだろうが、これは一期一会の恋なんだ。

 君も、そろそろ東京へ出てくるといいよ。住むところの助けだってしてやる。どうだ、一緒に恋をしないか。いや、そういうと変な感じだな、誤解を生みそうだ。いやまあいい。僕ももう一人の生活には慣れたし、昔馴染みが恋しくなってきた。そうだ、今度長い連休があるだろう。その時に、こっちに観光にでもくるといい。案内してやるよ。楽しみにしている。じゃあ、このくらいで、また。


康太


親友 陽子へ

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