二通目 告白

 愛する貴方へ


 妾があなたを置いて先立つこと、お許しください。妾はどうしてもこの病に打ち勝つことは叶わないと、お医者さんも悲しそうに言っておられました。でも、妾はちっとも不幸なんかじゃありません。貴方と一緒になることができたのだもの。

 最後にね、妾は貴方に謝らねばいけないことが一つ、一つだけあるの。貴方は、妾はきっと天国へ行くでしょうとおっしゃってたけど、妾はきっと地獄に落ちるの。妾は、貴方に一つ、ずっと嘘を付いてきたの。いいえ、貴方をこらしめてやろうなんてのは、これっぽっちも思っていないの。妾自身、きっとこうして死を実感するまで、これが嘘だとは思わなかったの。

 妾は貴方に幾度となく、愛していると告白していたわね。貴方も、妾に毎日毎日そうおっしゃってくれた。妾は嬉しかった。これは本心よ。いつだったか、妾は貴方に、「愛というものがわからない」と告げた事があるじゃない?あの時貴方は、「愛は無条件で、絶対なんだ。その人の幸せを、心から願うことなんだ」と答えたわね。その時、妾は「そうですか」と答えたはず。妾にはさっぱりでしたわ。

 若い時、貴方と出会ったころ、妾は世間の言う幸せを手に入れることが妾の夢だったの。いい生活をして、いい旦那さんを持つ。そこにある、夫への等価交換としての償いが、愛だと思っていたの。愛は、妾は手段だと思っていたの。だって、生物学的に見ても、そうじゃない。愛は家庭を作るためにあると思っていたの。

 そういえば、そう思っていたことも貴方に伝えたわね。そうしたら確か、貴方は「それは原始的な欲求のこと出会って、僕の思う愛じゃない」と言ったわね。妾にはわからなかったわ。それとこれとで、何が違うのって、少しムッとすらしたわ。

 ある時までは、妾は愛なんて幻想よとムキになっていたわ。きっと、愛していると言うことがわからない自分を守ろうとしたのね。でも、ある時、妾は貴美子ちゃんに愛はあるのかって聞いたの。そしたらね、彼女、「娘の幸せは妾の幸せ。妾が死んでも、この子の幸せは守る。それが愛じゃない?」と言うのよ。驚いたわ。貴方とおんなじようなことを言うのだもの。

 でもね、妾はそのあとも、そして今も、愛するということが本当はどういうことなのかわからないのよ。それなのに、妾は毎日、毎日貴方に愛していると言ったわ。これは貴方に嘘をついていることになるわよね。そうよね。だからね、妾はきっと、地獄に落ちるの。

 きっと、貴方のその愛すると言うことは、きっと才能なのよ。だって、妾は誰よりも、貴方のことを好いているの。ずっと、ずっと一緒にいたいと思っているの。でも、やっぱり愛すると言うことがわからないの。きっと、貴方と一緒にいたいと願うのも、妾に徳があるからなのよ。きっと、妾は貴方の幸せを、自分の幸せより優先できないのよ。

 妾は結局、貴方の求める愛を貴方に向けることはできなかった、出来損ないの嫁よ。でもね、妾は幸せだったわ。これもきっと、貴方にその才能があったから。妾はきっと天国にいけたら、また貴方と一緒になりたいわ。そうして、永遠の時間をかけて貴方に愛を教えてもらうの。


 貴方の妻 千代

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