連載中:ダレカの手紙

文学ベビー

一通目 悪魔

拝啓 

 大変お世話になっております、先生の授業を受講しております、林です。すでにご存知の事かと思いますが、私は来月の末まで、すなわち一ヶ月ほど授業の方を欠席させていただく事となりました。この度、先生に断りなくそうさせて頂きましたことを、お許しを頂きたく、この手紙を書いている次第です。

 どうやら私には、悪魔が取り憑いているそうです。その悪魔というのが、これまた厄介で、私を殺すほどの力はないのですが、確実に私の正気を奪っているのです。こいつは私が研究に取り掛かろうとすると現れるので、つまりは毎日私にちょっかいを出してくるのです。

 私が、ようしと意気込んで机に向かおうとすると、心臓をギゥっという具合に掴んで、そのまま私の体を乗っ取ってしまうのです。そうすると、もう私にはどうすることもできず、その場に座り込んで特に何をするのでもなく、ぼーっと、時には近くにある小説やら雑誌やらを手にとって、気づけば一時間も二時間も、そうせざるを得ないのです。

 しかし不思議なもので、そうして体を悪魔に取られている間も、私の理性というものは残っているもので、研究に取り組まねば、机に向かわねば、と悪魔と戦おうとするのです。

 先生、それが、それがこの悪魔の厄介なところなのです。少しの私、少しの私の理性を残して、あとは乗っ取ることで、私を痛めつけ、弱めるのです。悪魔を追い出さねばと奮闘すればするほど、その悪魔は強くなっていき、結局何時間も格闘してしまうのです。

 そうして疲れた私にその悪魔は、結局机に向かえなかったのはお前が弱いからだと野次るのです。私はどんどん、私は弱い、私はダメだという風に思うようになってきて、この悪魔の悪事ですら私がしたことのように責任を感じるようになっていったのです。

 人間、自尊心というものがなくなってくると、どうして生きようかわからなくなるものです。私は何度、この悪魔を道ずれにしてやろうと考えたか。私は幾度も、この悪魔に殺されかけました。

 このことを両親に話すと、すぐに精神科医のえらいお医者さんを紹介してくれました。そのお医者さんは私に、よく寝れるかとか友人はいるかといか、聞いてきました。幸せを感じるかとも聞いてきました。そのお医者さん曰く、私の悪魔は幸せを食うのだと言っていました。

 そのお医者さんは、両親に、私を一ヶ月でいいから休ませるようにと言って聞かせました。お薬もくれました。

 そう言った経緯で、この度は休暇を取らせていただくことになりました。私は今も、皆が熱心に研究をしている時に休暇を取るなんてことに罪悪感を感じてなりません。あぁ、こんな悪魔に魅入られた私をお許しください。一刻も早く、こやつを追い出して戻ってまいります。

 それまで、しばしご迷惑をお掛けいたします。



小野田先生

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