③私とデートしませんか?

 連絡先を交換し、日曜日にお出かけすることになった。


 設定としては、仲の良い友人。けれども、私は恋人のように振舞い、琴音ちゃんはそれを勘違いしてしまう女の子、とメールでは書かれていた。

 私だって初めてのデートだというのに、恋人のように振舞うのは、なかなかに荷が重かった。

 でも、引き受けたからには真剣に取り組みたいと思う、私の生真面目な性格。女友達に恋人とはどのような感じか、どう振る舞うのか、必死に聞き、メモにまとめた。『彼氏でも出来たの?』、『お、蒼にもついに春の訪れか』と茶化されたが、「女の子を、振るためだから!」とは説明できるはずもなく、少しもどかしい想いもした。

 Webでも、雑誌でも調べ、もはや何が正解なのか、わからなくなってきた気もするが、それでも夢中になって私は調べ、計画し、演じるための努力をした。

 恋の疑似体験。

 約束の日に向けて、気分が高揚していたのは否定できない。



 綿密な下調べと、高揚感であっという間にデートの日はやってきた。

 7月の夏前の青空の下、高校とは少し離れた駅に降り立つ。

 駅からすぐの虎の銅像が待ち合わせ場所だ。琴音ちゃんはまだ来ておらず、ふーっと一息つき、銅像に寄りかかる。時計を見ると、まだ待ち合わせ30分前だった。普段は朝が苦手なくせに、今日はやけに早く目が覚め、家にいても落ち着かず、早めに飛び出したのだ。

 それでも、どんな格好でデートするか、けっこうな時間悩んだ。悩みに悩み、恋愛体験なら男っぽい格好でいいかとなり、ジーパンに、Tシャツ姿、スニーカーをチョイス。変に気取ってないし、自然体でバッチリだと思った。


 でも、早速後悔したのだ。

 ふと前を向くと、手を振って駆けてくる女の子が目に入った。

 ピンクベージュのプリーツスカートに、ボーダー柄のトップス。足元は夏らしいサンダル。


「あれ?」


 本気度が違った。女の子らしさがぐっと増したコーデ。

 どうして、私はこんなテキトーな格好をしてきてしまったのかと自問自答。今すぐにも帰りたい気分になったが、彼女が私の元に辿り着いたので、もう戻ることはできなかった。


「ま、待ちました?」

「今、来たばっかり。全然待ってないよ」


 私の言葉に、琴音ちゃんがくすくす笑う。


「なに?」

「いや、デートっぽいなって」

「デートなんでしょ」

「そうですけど、体験したことないんで」


 私だってそうだ。でも予習はしっかりとした。


「琴音ちゃんのスカート可愛いね。制服とは違って新鮮。結んだ髪もいいね」

「その、あの、蒼さんもカッコいいです」

「……アハハ、かなりてきとーな格好なんだけどね」

「そんなことないです!蒼さんは、」


 彼女の言葉を遮り、手を差し出すも、琴音ちゃんが首を傾げる。


「今日は、蒼でいいよ。恋人みたいな感じなんでしょ?」

「は、はい。蒼さっ、蒼!」


 蒼。いつもと変わらない、生まれた時からの名前。親にも、友達にも何度も呼ばれた名称。

 なのに、体温がぐっと上がるのを感じた。


「琴音」


 さっと彼女の手を掴み、歩き出す。

 デートってこれでいいのだろうか?わからない、わからないことだらけだ。こんな気持ちは友達も、雑誌も教えてくれなかった。

 恥ずかしくなって、横の女の子の顔が見れなくなる。手、汗ばんでないよね?




 試着室から女の子が恐る恐る出てくる。

 淡い水色のハイネックブラウスに、白のフリルのついたスカートを着た女の子。私のデート相手だ。


「ど、どうですか?」


 じろじろと彼女の格好を見る。今日の服装も素晴らしかったのだが、フリルはあざとさを増す。清楚な印象ながらも、さらに可愛らしさが跳ね上がる。


「うん、うん。思ったけどさ、琴音ちゃん素材いいよね」

「え、どういうことですか」

「琴音ちゃんは可愛いってこと」


 顔が一瞬で林檎になり、カーテンを急いで閉め、隠れる。


「おーい、隠れないでよ!」

「蒼のバカー!」


 理不尽だったが、自然と笑みがこぼれた。人の服を選ぶのは楽しいし、反応を見るのは心が躍る。


 

 

 テーブル席の対面に座った琴音ちゃんが、落ち着かない。ずっと辺りをキョロキョロしている。


「どうしたの?」

「こういうところ来るの初めてで」

「喫茶店とか打ち合わせで使わないの?」

「ファミレスばっかりなんです」


 編集さんがファミレス大好きなんだろうか?でも、喫茶店は行き慣れていますと言われるよりずっと良い。


「蒼こそ、どうしたんですか、嬉しそうな顔して」

「えっ、私ニヤついている?」


 思わず両手で頬を押さえ、確認する。彼女の足元には、さっき買った服の紙袋が目に入った。


「カップル限定セットお待たせしました!」


 店員さんに元気な声で話しかけられ、意識が戻る。


「わー」

「おお」


 机に、三段重ねの大きなパンケーキが置かれる。

 さらに目に入るは、ストローが2つささった大きなグラス。


「すごい、美味しそう!」

「こっちの飲み物は、ストローがふ、ふたつありますね」


 ふむ、その通りだ。

 ……恥ずかしがっては負けだ。ストローに口をつける。


「ん」


 琴音ちゃんを見る。

 恐る恐る、彼女ももう一方のストローに口をつける。

 顔が目の前にある。


「……」

「……」


 睨めっこ対決をするも、彼女の目はずっと泳いでおり、やがて耐えきれなくなったのか、閉じてしまう。でも、ストローでしっかりと飲み物を吸っていた。


「よくできました」

「これ恥ずかしすぎます……」


 私だって、格好つけなきゃこんなことできやしない。甘い味が口に残ったままだ。



 悲しい恋愛の話だった。

 鼻をすする音が聞こえ、横を見ると、彼女の瞳から涙が零れていた。

 エンドロールが終わり、電気が点く。


「いい映画でしたね」

「琴音ちゃん泣いていた?」

「泣いていませんよ!」

「どうだか」

「もう!」


 二人で笑い合う。

 良い映画だった。内容は普通かもしれないけど、隣に彼女がいたから。

 そう、それだけで特別になれる。


 

 外に出ると、もう日が暮れ始め、時計はいい時間になっていた。


「そろそろ、帰ろうか」


 終わりにしたくない。

 でも、終わりがあるから、この物語はある。

 彼女が首を横に振り、指さす。先には観覧車が見えた。


「最後に、一緒に乗ってください」


 すっかりと忘れていた当初の目的。


『私を振ってください!』


 そう、バッドエンドはもう迫っていたのだった。

 私は言葉にせず、コクリと頷いた。

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