②感情のない失恋は駄目です!
『私を振ってください!』
女の子に愛の告白をされると思ったら、逆に振ってほしい、と言われた。
「え、どういうこと?」
うん、さっぱり意味がわからなかった。
実は私たちは付き合っていて、別れよう!ということ、と思ったが、どんなに記憶を呼び起こしても、交際関係の事実はなく、そもそも話したのも初めてな気がした。
「振ってほしいんです!!」
聞こえていないと思われたのか、もう1度自信満々に言われたが、依然として理解できなかった。
話が長くなりそうなのと、この場面を誰かに見られて勘違いされるのを避けるため、移動することにした。校舎裏というのは、そこにいるだけで疑われる場所だ。
というわけで、人のあまり来ない公園に移動し、話を再開する。
「部活は良かったんですか?」
「あんなこと言われて、去れないでしょ」
そうですか、はい、さよならーと言えるほど冷たい人間ではなかった。そして突拍子もない言葉に、興味を持った私がいるのも事実だ。
この子ともっと話してみたい。
彼女の名は、『奥山琴音』と言った。琴の、音色で、『琴音ちゃん』。
私とは同級生で、名前を見たことはあったが、面識はなかった。『ちゃん』づけしたのは、背が小さくて可愛いのと、どうみても同級生に見えなかったからだ。
「じゃあ振ってくれるんですね!」
もちろんこんなキャラだとも知らなかったわけだ。
「琴音ちゃんとは付き合えない」
真顔で答えるも、すぐに反論が返ってくる。
「違います、違います!」
「何が違うっていうんだよ!」
「振るにも過程がいるんです!衝撃的な出会いをして、仲を深め、これ絶対付き合っているよね!?という状態で告白して、振られるんです!」
「わからないよ!」
理解が及ばなかった。
「感情のない失恋じゃ駄目なんです!」
感情のある失恋を、したい、と。そんなことして何になるっていうんだ。
「……どうして振られたいの?」
どうしてそこまで失恋にこだわるのか。
「私、漫画を描いているんです」
「へ、漫画?」
意外な答えが返ってきた。
「ええ、でも私の描く恋愛にはリアリティがないと編集さんに言われまして。今、スランプなんです」
「へ、へ、編集さん?琴音ちゃんはプロの漫画さんなの?」
「プロというのはおこがましいですが、雑誌に載ったことはあります」
「凄い!」
「でも、短編の読み切りです」
同じ年で、仕事をして、お金をもらっている。しかもバイトではなく、プロの厳しい世界だ。まさか同じ学校にそんな凄い人がいるとは知らなかった。私の平凡な人生からは想像もつかないものであった。
「私には圧倒的に人生経験が足りないんです」
17歳の女の子には仕方がないことだ。大人ではないし、社会に出て働いているわけでもない。逆に人生経験豊富な17歳というのは、嫌だなと思う。でも、彼女は悩んでいるわけだ。
「人生経験のために振られたい、と」
「編集さんに言われたんです。今度描くのが悲しい恋愛なんで、失恋経験しとけと」
「人の恋愛を何だと思っているんだ!」
「描くには大事なことなんです」
苦笑いで彼女が答える。
漫画を描くための人生経験。よりリアルに描くための、失恋体験。
釈然とはしないが、理由はわかった。
でも、わからないこともあった。
「で、何で私?」
そう、私である必要はないのだ。
「私、これでも女の子なんだけど」
女の私に振られる必要などないのだ!
「だって男の子と付き合うの怖いじゃないですか!それに女子なら絶対振られる!」
「私のことも考えてよ!振る側も凄く申し訳ない気持ちになるんだよ!」
振ったことはないので、わからないのだけれども。あくまで想像。友達から聞いた話。
「じゃあ諦めます。私は恋愛経験もない売れない漫画家になるんです」
そう言われては、何だか悪いことをした気持ちになる。
「ああ、わかったよ!その遊びに付き合う。そして全力で振ってあげるから!」
「はい。私をあなたの虜にして、振ってください!」
その言葉に、思わずキュンっとしてしまう私だが、意味を考えると可笑しな話だった。
「で、何をすればいいの?」
「まずは食パンをくわえて、曲がり角でぶつかる衝撃の出会いから」
「琴音ちゃんの恋愛知識、古すぎない?」
編集さんが悩むのも納得できた私であった。
かくして、失恋するための、恋愛ごっこが始まったのだ。
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