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それから数日間、答辞の練習をするために学校に通った。幸子さんに会えると期待していたが、やはり時間が合わずに会えることはなかった。
卒業式当日。
加奈子ちゃんは目を腫らして泣いている。
「奈子ちゃんと会えなくなると寂しい・・・。」
「大丈夫だって。また会えるから。」
「ぜったい連絡するうううううう」
また、涙を流して絶叫している。こんな感情豊かな加奈子ちゃんがうらやましい。
そして卒業式を終え、帰宅の帰路につく。
「校門前に彼氏が迎えに来てくれてるの」
加奈子ちゃんはとても嬉しそうに言っている。
「よかったじゃん。お祝いしてもらいなよ」
「うん!」
校門に向かうと、懐かしい聡さんが校門を出たところで待っている。
二人で校門に向かってくる姿を見て、聡さんは表情を凍らせた。
「あの人?」
「うん!紹介するよ」
「いや、いいよ。邪魔しちゃ悪いからさ。私このまま帰るね」
「奈子ちゃん・・・高校までずっと仲良くしてくれてありがとう!卒業してからも連絡するからね!」
加奈子ちゃんは寂しそうな表情を見せて私に言ってくれた。
私もその言葉を聞いて、少し胸が熱くなった。
校門を先に出る。聡さんがこちらを横目でちらちら見ているのがわかった。
だが、目を合わせない。その姿すら気持ちの悪いものだと思った。
加奈子ちゃんがかけよって聡さんの腕に加奈子ちゃんの腕を絡ませた。
幸せそうな加奈子ちゃん。
ごめんね。でも、私はあなたのことを幸せになってほしいとは思えない。
その姿がある以上、幸せになってほしいとは思えない。
そしていつもの帰路。
今日という日が卒業の日、という特別な感情はなかった。大学も同じ場所にあるので、高校と同じ通学路をまた四年間通うとなれば、そこまで校舎にも思い入れもないし、高校生活を懐かしむこともなかった。
いつもの帰路で、幸子さんの見ている中学校が見えてきた。
なんとなく、今日は会えそうな予感がした。
幸子さんのアパートを見るまでもなく、中学校の前で幸子さんらしき人がいた。
そしてもう一人、幸子さんの隣に男性が立っていた。
先日見た男性の後ろ姿ではない男性。大柄で、年を取っているような男性。
後ろ姿しか確認できないから、なんとも言えないしどう解釈をしていいかわからないけど、幸子さんは、後ろでその男性と手を握り合っていた。
その姿を見て、唐突にその近くにあった電柱の陰に隠れてしまった。
あの男性は誰だろう。
なぜ、あの男性と手を繋いでいるのだろう。
あの場所で起きていることが、理解できなかった。なぜ旦那さんじゃない男性と手を繋いでいるんだろう。
いや、きっと私が思っているような関係ではない。そう言い聞かせながら電柱を手でぎゅっと握った。
二人は肩を寄せ合い、ただそこで中学校を見つめていた。
その雰囲気は、ただの男と女の関係ではない。何か二人に糸を引いているものがある。いらない情報が、頭の中に流れ込んだ。
電柱から見る二人。その二人が慌てて手を放した。
中学校の校門から、旦那さんが出てきた。
間違いない、二人は旦那さんが出てきたところで手をはなしたんだ。
電柱から手を放し、ただ歩いた。もちろん、ドーナツは出さない。その光景の意図を知りたい。立った一瞬のやり取りの意味を知りたい。
幸子さんが、そんなことをするわけがない。
「あ、久しぶりね。今日卒業式だったの?胸の花のコサージュ、素敵ね」
「あ、こんにちは。この前はどうも。俺、ここで教師やってるんだ。大人三人でいてびっくりしたでしょ」
「こちらの方は?」
「あ、義父さん。この子はね、この通りをよく通学する奈子ちゃん。ちょっと前に知り合って、今では年の離れた友達よ」
「そうなのか。いつもうちの嫁がお世話になってます。可愛いお友達だね」
「うふふ、そうでしょ」
「父さん、奈子ちゃん緊張して固まってるよ。ごめんね。うちの父もここの中学校の校長をしているんだ」
「すごいでしょ?二人して・・・奈子ちゃん?」
大人三人の後ろに、中学校が聳え立っていた。ここから見える中学校の景色は、アパートの入り口の真ん前。
とっさに私は大人たちに背を向けた。私の立っていた真後ろには、踊り場の位置と全く同じ場所だった。そこから見える景色に、回答がもうすぐ見える、そんな気がした。
無我夢中でアパートの階段を上った。ただ、あの踊り場から見える景色が、私の思っている景色なのか。本当に私が導き出した答えがあっているのか。
一階から、いつもの帰路から見える景色には、旦那さんが見えていた。それはもう顔立ちもくっきりと見えるほどに。
私は、幸子さんの視線の違和感が、そこにあると気づいてしまった。
いつもの踊り場で、幸子さんと同じ景色を・・・。
やはり、旦那さんが立っている位置は、ここからだと見下ろさなければ見つめることができない。ちょうどこちらを見ている大人たちの視線に首の角度を落として合わせなきゃ、見ることができないのだ。
ただ、幸子さんは違う。
いつも見ている景色。それはもっとまっすぐ前を見ていた。
校門から見える先に、窓ガラスがある。
いつもは校内に生徒がいきわたっている場所。生徒が廊下を走っていたり、職員が行き来しているであろう廊下。
そこから見える「校長室」の文字。
私は、気づいてはいけないものに気づいてしまった。
幸子さんは何かを察した。
「奈子ちゃん?!」
慌てていた。義父と呼ばれた男性も、幸子さんの表情を見て何かを察知したようだ。表情が凍り付いた。
私はその場で、涙を流した。今までにないぐらい、大粒の涙を何粒も流した。踊り場の持ち手を握りしめた。足に力が入らず、その場で崩れ落ちた。
どうして。
どうして。
どうして私の周りの人は私に嘘をつくの。
気づいたらその場を走り去った。幸子さんの顔も、見れないまま。
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