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高校の卒業式が間近に迫った。補講期間に入り、高校を通学する機会も減った。私はいつも通る道を通れないという葛藤に日々才まなまれる。何も悩まずに行けばいいものの、なぜか学校の帰路にこだわってしまう。あのシチュエーションじゃなければ、幸子さんに会うことを恥ずかしいと感じてしまう。
その気持ちはよくわからないけど、あの帰路、シチュエーションが揃っていないといけないと、変に完ぺきを求めてしまう。
家で、小説を読み自分の時間を楽しんでいた時だった。
「奈子ちゃん、学校から電話よ」
「はい」
家の電話を出る。
「もしもし、谷口です」
電話先は高校の事務局の人からだった。エスカレーター式の進学ということもあり、大学進学の手続きもスムーズに済んでいる。その事務局の人から、新入生代表としての挨拶をしてほしいと頼まれた。何日か通学をして原稿を合わせ、卒業式までに練習をしてもらえないかということだった。
ちょうど定期も卒業式の日までは使えるので了解した。
電話を切ったら、母が話しかけてくる。
「何かあったの?」
「うん、新入生代表で入学式に答辞を頼まれたの」
「そうなの?!すごいね奈子ちゃん!」
母はとても喜んでいた。でも私は空白の補講期間で学校に行く口実ができたことを心から喜んでいた。
「明日、学校に行ってくるね」
「うん、気を付けてね」
部屋に戻ってから、明日から数日間でも学校に通えるという喜びを隠しきれず、枕に顔を伏せて大きな声で喜びを出した。隠しきれないほどに、喜びはあふれだしていた。
翌日、定期を使って学校に行く。いつもの通学路も数日通わなければ懐かしく感じるものだ。いつものように制服を着て通学しているだけなのに、なぜか落ち着かない。
でも、これで帰りにあの道を歩くことができる。まだ、あの楽しみを堪能できる。そう思うと嬉しすぎて電車でも笑いが抑えきれない。
そのまま学校で原稿の作成をして、文章が決まる。あとは何日かで練習をしてリハーサルをするというものだ。時間が経つのはあっという間だ。気づけば昼前で、午前中に事は終わってしまった。
幸子さんは、今日いるだろうか。
いつもの帰り道を通るとき、いつものような時間帯に通らないということもあって幸子さんはいないのではないかと懸念していた。
そして中学校が視界に入る。その視線をアパートの踊り場に向けた。
幸子さんは、いなかった。
部屋の窓はカーテンが閉まっていた。どうやら不在のようだ。
残念だ。せっかくさっき購買でドーナツを買っておいたのに。
手に握ろうとしたドーナツを、再び鞄にしまってそのまま駅に歩いていく。
駅の構内で、いつものように改札口を通ろうとした。それはいつものようなやり取り、何の味気もない。
と、改札に視線を向けていると改札口から見覚えのある人が通っていた。
男性の腕を組んで歩いている幸子さんだ。
「あっ」
途端に声を出してしまった。
幸子さんはその声に反応し、私の方を見て驚いた表情をしていた。
「久しぶりね」
幸子さんは笑顔を向けてくれた。
「お久しぶりです」
「今日は学校だったの?」
「はい。私新入生代表で答辞をやることになりまして、今日はその練習で登校しに来てたんです。」
「うそ?!すごいじゃん!」
幸子さんは驚いて喜んでくれた。それが嬉しかった。
「この子は?」
男性が私に話しかけてきた。
「うん、一年ぐらい前に知り合った高校生の奈子ちゃん」
「そうか、初めまして。いつも幸子がお世話になってます」
礼儀正しい男性の印象だった。この男性、どこかで見覚えがあるような気がする。
「ご主人ですか?」
「うん」
なぜか、幸子さんの表情が一瞬曇った気がした。違和感があったがそれも取り越し苦労だと瞬時に言い聞かせた。
「じゃあまたね」
「はい」
幸子さんの表情は一瞬曇ったように見えたものの、いつものように笑顔に戻った。そのまま二人に頭を下げ、改札を通ってホームで電車を待った。
しかし、思い出せるようで思い出せない。男性がどこで見たことがあるのか。ここ最近どこかで見たことがあるような。
それともう一つ。一人になってさっきの表情に疑問を感じた。改札を通っているときの幸子さんは、笑顔溢れて楽しそうに旦那さんと話していた。けど、なぜあの質問で曇った表情を見せたのだろう。取り越し苦労だと思っていたが、やっぱり気になってしまう。
何か悪いことを聴いてしまったのだろうか。
もし、気分を悪くしてしまっていたら、そう思っている自分の胸がずっしりと重さを感じた。
電車がホームに着いた。そのまま乗り込んだ。空いている座席を探し、座った。電車の車窓から、青く澄んだ空と建物が広がった町が見渡せる。
幸子さんのアパートからは、空と中学校が正面にあって・・・。
「あっ!」
思い出した。あの男性は中学校の校門でいつも生徒を見送っている先生だ。
その拍子についつい声を出してしまい、慌てて周りを見渡した。幸い同乗している乗客は少なく、気づいている人はいなくてほっとした。
幸子さんは、いつも男性を見ていたのだろうか。
「愛しい人」を見ているということは、いつも学校から出てくる旦那さんを見ていたのか。
そう思うと、幸子さんの純粋な恋心に尊さを感じた。
なんて美しい人なんだろう。
うらやましい。自分もああなりたい。
そういう欲望が自分にあってこそ、幸子さんをもっと知りたいという意味に繋がる。
光り輝く幸子さん。
私はそう解釈をして、幸子さんへの興味をこれからもずっと持ち続けることを「当たり前の日々」と勝手に思い込んでいたのだ。
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