3
気づいたら私は高校生の時、青春をささげていたあのアパートの前にいた。今は幸子さんはいない。
「大学生活、きっと楽しいよ。」
そう言ってくれた幸子さん。ドーナツを食べて笑顔で語り掛けてくれた幸子さんは、私にとっては姉のような存在だった。
あれからというもの、大学生活に絶望した私は、知らないうちに聡さんと別れていた。本当に私の知らないうちに。自然消滅ではなく、「なあ俺たち別れた方がいいよね。」「うんいいよ。」そんな適当な会話をしていてそのまま別れた。落ち込むことはなかった。
聡さんは、私が高校三年生の頃から大学では「高校生の彼女がいる」ことで学友から持て囃され、調子に乗ってしまった聡さんが行きつく場所が「四股男」だった。加奈子ちゃんはそのことを知らない。だから股男と別れたと聞いたときはほっとしたし、加奈子ちゃんが私と股男が付き合っている事実も知らない。穏便に済めばそのあとは私から「別れたい」なんていうことすら面倒になってしまい、「最近冷たくなったね」「愛情亡くなった?」とか言われても適当にあしらっていた。
正直四股の事実よりも、四人の女性に嘘をつき、なおかつ純粋なふりをして演出していた「嘘の演技」に魅力が減退していっていた。
つまらない男とは、このことを言うのか。
そして、いつものように適当に会話をしていて、一か月二か月ほど連絡を放置をしていたら連絡がこなくなってきたので別れを切り出されたのだと思う。
そんな嘘だらけの周りに何も期待はしない。それに他人とはかかわりを持ちたくない。
でも、気づいたらここにきてしまう。
もう幸子さんはいないのに。
なんで。
あの時とは逆の方向を向いて、私はアパートの方を向いて立つ。
あの踊り場に立ってドーナツを食べていた幸子さん。
仕事で余ったドーナツを、鞄の中から取り出してその場で食べた。
無垢なオールドファッション。
「この無垢が、あなたに伝わりますか。」
幸子さん、あなたは間違っていなかった。大人になって、ようやくこの場に立って、気づくことができました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます