2
助けた人は、周りから賞賛され勇者のように扱われる。
自分が行った正義を、誇らしげに思う。
と、物語ならそうなる。
反吐が出る。
私は両方とも叱責する気もないし、助ける気もない。
そして、私はその光景を見ている人たちともかかわりたくない。
この場にいる人すべて、偽りの綺麗事を心の中で語り続けている。
紙を投げている男性。ただいじめたいだけ。でも、周りに注意されないようにとあえて集団でいる。俺がこのボス的な存在だ。ほらみろ、強いだろ?こんなにも人を従えてる。注意してみろ。お前もこうなるぞ。
でも、強い人なら、一人でするよね。
それを見ている取り巻きの集団。私は関知していない。そんな顔をしている。「きゃはは」そう笑っている女の顔は、心から笑っていない。不細工な汚い顔をした化粧でごまかした顔。私はいじめの加害者よ。こいつの仲間だよ。だから私に逆らっちゃダメなんだよ。
女が汚く見える。
紙を投げられている女性。黙ったままその場で座っている。投げられていることを勝手に黙認している。自分がいじめられていることを講義室で公開して、「自分がかわいそうな人間」だと、そう背中が物語っている。
嫌なら、なぜその場を離れない。大きい声で「やめて」と言わないんだ。
それを傍観している人たち。「ああ、ああならなくてよかった。言わなくても表情に出る人。握りこぶしを作ったり身を震わせたりしている人もいるけど、その姿はずっとその場で続いている。横目で見て通り過ぎる人、あの集団と同じように笑う人。「誰か助けてあげなよ」そういう人。
なぜ、そう思うなら助けに行かないのか。
私は、双方に悪いところがあるとは言わない。いじめは加害者が悪いのは当然だ。無駄なことをしてくる奴が悪くないなんてありえないから。
でも、努力をするしない以前に、自分の思いをそのまま行動に移さずに無駄な我慢をして抑え込む人を見るのが嫌いだ。
それは、「偽善」。
私の解釈は、「屑の嘘」。
どこに行っても嘘だらけだ。
素直な人はいないのだろうか。無垢な人はいないのだろうか。
屑野郎ばかりだ。だから人とのかかわりを持ちたくない。
私は何の同情も向けず、その場を立ち去った。
昼食は、毎朝弁当を作ってくるのでコミュニティ広場のような簡易スペースで一人食事を摂る。周りには一人でいる人もたくさんいた。周りを気にするわけではないが、一人で食べる環境があるということに喜びを感じ、その場で弁当を食べた。
次の講義があるため、講義室に向かう。今日の講義は午前中の講義よりましな講義だと思いながらキャンパスを歩いていた。講義棟に向かう途中、さっきの集団がすれ違う。間違いじゃなかったらあの集団、今から私が向かう講義を受講するメンバーにいたはずだったが。今からサボるのか。いいご身分だ。道を歩くその集団は、何が面白いのか興味は全くわかないがゲラゲラと気色悪い笑い声をあげながらふらふらと歩いていた。
ドングシャ
真横で、重いものが落ちたのか、生ものがつぶれたのか、聞きなれない音がした。
「うえええええっ!」
「きゃあああああああ」
私の向かい側から歩いてきた集団が、私の右下を見て悲鳴を上げた。ちょうど音がした先だ。視線を向ける。
そこには、さっき講義棟で紙を投げられていた女性と同じようなトレーナーを着た女性が、うつ伏せで床に転がっていた。さっき見ていた女性のトレーナーは白だったが、今は色の判別ができないぐらい赤黒く染まっている。
集団は、その光景を見て固まっていた。泣き出す人もいた。
周りも悲鳴を上げ続けた。
そこでも、だれも助けようとする人はいない。
自分がまきこまれたくないから。
人間って本当にすごい。人の生死が関わってくる危険な状態に遭遇しても、だれも動こうとしない。後にこの事件を見た人は、「あそこで飛び降り見た!」とか、「足が固まっちゃって」とか、「理性ぶっとんだ」とか、そんな自分を正当化する言い訳ばかりが飛び交うだろう。
実際に周りを見ても、顔が真っ青になって悲鳴をきゃーきゃー言っているだけの連中だけだ。ここで誰も何も、行動をしなかった。
私は周りに向けた視線をあの集団に向けた。ボス的な男は足をがたがた震わせて床に座り込んでる。
「ねえあんたらさ。」
「っは?っっは?!」
「なんで泣いてるの?」
「っあんたこれ見て・・・」
「あんたらが望んだことでしょう。なんで後悔してるの?」
集団は、私を見た視線を落ちた女に向け、「うわあああああああ」と叫び始めた。頭を抱え、地べたに顔をつけてうずくまっている。
なんだ、こいつらも嘘ついてたのか。あきれた。
落ちた女性に視線を向けた。血がだらだらとにじみ出ている。あのうつ伏せになって隠れている顔は、どんな表情を見せているのか。
でも、自分で努力して逃げなかった結果、こうなったんだよね。
この集団が通るタイミングを見て、飛び降りたんだよね。
それじゃあ、なんで命を絶つことを選択したんだろうか。いじめから逃げたのだろうか。それは、あなたが望んでいたことじゃないよね。だって、いじめを拒絶しなかったじゃないか。
こいつも嘘野郎だ。
「ねえ。誰か救急車とか呼んだら?」
もらい泣きした人や、その場で立ち尽くす人、「かわいそう」なんてつぶやく人、全員に声をかけた。
周りにはたくさんの人がいた。でも不思議だ。同情している人や傷心になっているような人がいるのに
誰も、落ちた女に近づこうとしない。
血まみれでそれどころじゃないって所か。応急処置をするために起き上がらせると、どんな表情が見えるか誰も勇気が持てないのか。
その同情もすべて、嘘まみれ。
だから嫌いなんだ。
ふと、落ちた女の腕を見た。たくさんのリストカットをした傷が見える。この女も、葛藤していたのか。
なら、なぜ誰にも助けを求めない。
腕に、大きな痣があった。
私は徐にその女の顔を覗くために伏せている身体を起こすため、肩をもって表に返した。
そこには、言葉では言い表せないほどに原型のない顔肉。ミンチにしたといえば聞こえがかわいい表現だともいえるほど、どんな人かと認識できない状態だった。
だが、その痣に私は見覚えがあった。
女の顎。
女の顎に、大きく出っ張ったほくろがあった。
数十年会っていなかったけどわかる。
この人は、小林さんだ。
同じ学部にいたことすら気づかなかった。だが、同時に懸念した。
なんだ。
あんたも嘘つきだったか。
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