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 「ちょっと、聞いてるの?」

 

 肩をごつんと叩かれた。加奈子ちゃんがビールをもって肩をパンチしてくる。

 

 「ごめんごめん。上の空だった」

 「奈子ちゃん疲れてない?普段も上の空ってとこあるけど、今回はより一層磨きがかってる」

 

 加奈子ちゃんは心配そうな様子で私を見た。ビールをぐいっと飲み干し、「すみません!ビールください!」注文をする。

 

 手に持つ氷入りのグラスに梅酒を揺らす。私は一杯目の後の酒をほとんど梅酒で飲み締めする。少量を嗜み、飲酒をゆっくりと楽しむのだ。

 

 だが、今日のことがあって尚更、上の空に拍車がかかっているのだろう。偶然にもあの後に加奈子ちゃんからLINEが来たことに奇跡的なものを感じた。

 

 「でも、私が連絡したタイミングはちょうどよかったのかもね」

 「本当にね。ありがたい」

 「で、何があったか詳しく話しなよ」


 加奈子ちゃんに、今日のことを少しだけ話した。加奈子ちゃんはため息をつき、ビールを一杯飲み干してジョッキを殻にした。

 

 「まあ、今の子はなんでも陰でちまちまと。一番きつい場所で遭遇しちゃったんだね」

 「うん、あ、いや」

 「?」

 「きつくはなかった。むしろ何も思えなくって」

 「・・・はい?」

 「・・・怒ってるとかそんなことも、当事者なのに何も思わなかったんだよね。不思議と。本当なら怒っても良い場面なのに。自分でもよくわからないんだけど、自分のことをべらべらとしゃべってるのを見てたら、なんかどうでもよくなっちゃって」


 悩みというよりも、どちらかというと疑問。それは他人を指す疑問ではなく、どうして自分がこういう考えに至るかという疑問である。

 

 多少なりと、大人になって自分が普遍的な価値観や思考を持っていないということは理解していた。

 

 「そうか。でも、それは奈子ちゃん自身の性分なんじゃないの?」


 加奈子ちゃんがあっけらかんとした顔で言う。

 

 「奈子ちゃん」

 

 またビールを飲み干して「すみません!生一つ!」」追加注文する加奈子ちゃん。本当にお酒が強い。

 

 「加奈子ちゃんが悩んでいないことについてを悩んでいるかどうかはさて置き、その考え方は少なくとも普通じゃないってことを少しでも感じてきたから私に話したんだよね?」

 

 小学校の頃からの付き合いの親友は、本当に私のことをよく理解してくれている。

 

 「ま、その答えも考察のみの推測なんだけど。なんとなくそう思い始めてきたんじゃないかなと思って。ほら、奈子ちゃん気づいていないかもしれないけど、大人になって少しずつ「人間らしく」なった気がする」

 

 注文したビールを上機嫌に飲んでいく加奈子ちゃん。

 

 「人間らしくなった?」

 「うん。前までは全然笑わなかったけど、社会人になってから笑うことが多くなった気がする。久しぶりに連絡して、久しぶりに会ったと思ったら顔見て昔の顔になってたらからびっくりしたけど」

 

 私の表情の微妙な変化があったのか。自分でも全く気付かなかったことを簡単に気づくなんて。やはり加奈子ちゃんはなんでもお見通しだ。

 

 「ま、正直その姿こそが、奈子ちゃんの「素」だと私は思うんだけどね。悩んでるなら変える方法を一緒に考えようとも思ったけど、性格の問題でもあると思う」


 半分飲み干したジョッキを机に置いた。

 

 「だから、性格上の問題は、矯正するのは難しいよ」


 加奈子ちゃんは、ジョッキを握った手で私の頭をわしづかみにしてぐしゃぐしゃと乱暴になでてくれた。「ま!がんばれ!」と言って。


 頭についたジョッキの雫がしっとりとさせてくれたが、それよりも加奈子ちゃんの言葉にほっこりとした気持ちを抱いていた。

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