四、ドーナツブレイク

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 やっぱりどうしても、どの男性の顔を見ても「浮気」「不倫」顔に書いてある気がするのは私だけだろうか。

 

 いや、生物学的に、男性はほとんどの人が浮気をすると、どこかの本で書いてあった気がする。所説はあるだろう。理性を持った人間でも、異性との交流を得るため「恋愛」だの「結婚」だのと、綺麗な言葉で表現しようとする。

 

 それが、最高の幸せだと思わせてくる。これは間違いだと私は思っている。

 

 そんなことを口から滑らせたら、「このコーヒーに、フレッシュを淹れることで、どんなコーヒーの色でもフレッシュ一つで滑らかな茶色になる。人生も、そんなもんよ。溶け合うの、こうしてフレッシュとコーヒーのように」

 

 と、結婚願望の多い女性はいうのだろうか。

 

 だけど、私にとってはただのうんこ色だ。異性と一生を共にする以前に、他人と人生を共にすることなんて考えられない。

 

 普段から気を遣い、「気を遣わないでね」と声を掛け合ったりかけてもらったり、慣れてきたころにはお互いのプライベートの手の内を明かさないように情報の雲隠れ。

 

 どうせ、嘘だらけじゃないか。

 

 オールドファッションを口に運ぶ。やっぱり、このドーナツはおいしい。








 「先輩ドーナツください!」

 

 私のデスクにおいてあるドーナツをまた取られる。


 「いつもいつも・・・。私のおやつを摂らないの」

 「だって、先輩が多く買ってくれるのは私のかなって!」

 「・・・。」

 

 本田さんはいつも明るく性格も素直な部下。私が周りに愛想がなく、話しかけにくいオーラを放つ中唯一本田さんは入社当初から気さくに話しかけてくれた。

 人との距離を深く持つことが苦手な私にとって、彼女は社内で唯一の「私を明るく照らしてくれる存在」でもあった。

 

 「まあ、いつものことだから慣れたけど」

 「またそんなツンデレ!萌えますね!」

 「も・・・え?」

 

 また若者の言葉を使う。私も今年で三十になるが、最近の若者の流行り言葉というのが理解できない。なんだツンデレって。何だ萌えって。趣味や流行に興味がなかった私には、流行りの略語なんて知る機会は全くなかった。

 

 だが、彼女がポジティブ精神に溢れてる人物ということだけはわかる。それが彼女の取柄でもある。

 

 「さ、ドーナツ食べたら仕事取り掛かりなさい。末締め、追い込まれているんでしょ」

 「うげ。ふわーい」

 

 口にドーナツを放り込んで、本田さんは立ち去って行った。無邪気で無垢な性格の彼女。表裏がない女性。同性の中で最も関わりやすい部下だ。

 

 「谷口課長。ここを見てほしいんですけど」

 「はいはい。どうぞ」

 

 部下の仕事をチェックするのも大事な仕事だ。こうしていつものように仕事を終える。



 

 定時から一時間ほど残業をして、退社をする。いつも通り車に乗り込んで帰る。もちろん、寄り道なんてしない。

 

 プライベートでは彼氏すらいないが、恋愛に特別こだわりもなく、むしろ必要がないと思ってしまっている。

 

 母には、「そろそろいい人いないの?良ければお見合いでも」

そんな話を持ち掛けられるが全く持って興味はなく、その都度断る。

 

 いい歳になったが、結婚を意識したことなんて一度もない。

 自分に自信がないというのももちろんだが、付き合っても少しでも嫌なところを見えてしまうと、そこから嫌なところしか見えなくなってしまいそうで。

 

 信号が赤になって止まると、こういう無駄なことを考えてしまう。運転に集中しなければならないのに。止まるとどうも昔のことを考えてしまう。

 

 自分を比較して、けなして、赤信号が止まる数分間の間に、自分の自身がどんどんなくなってしまうのだ。

 

 「あー。」

 

 ため息が声を出してしまうほどに、自分の中のキャパシティーの悲鳴が上がる。

 

 信号が青になっても、その気持ちは消えることはない。

 

 最近どころか、ずっと楽しいことなんて何一つなかったから。

 

 こうして仕事をして、自分でお金を稼いで、自由を獲得しても、自分が満たされない。それは自分でもわかっている現状。

 

 こうなってくると「過去に縛られた女」という言葉がまさに当てはまる。

 

 しかし、この「縛られている過去」が、自分でも言葉に表せないほど抽象的なのだ。

 

 人と関りを深く持ちたくない。その一心は備わっている。だが、「なぜ人と関りを持ちたくないのか」その答えは百パーセントの意見を見出せない。

 

 今まで自分がしてきたことに後悔をしているわけでもない。

 

 ただ、人との関りを持つことに、恐怖はある。

 

 それを解決する糸口も、解決する課題も見えない。

 

 「底なし沼」にはまっているとは、このことだろうか。

 

 あっという間に家に着いた。駐車場に車を止めて、ゆっくりと車を降りた。

 

 「おかえりなさい」

 「ただいま帰りました」

 

 母が出迎えてくれた。母とはなかなか会話も弾まずの状態が続く。作業的な会話しかしていない。

 

 もちろん、私はそれで満足だ。そこに切に「もっと関わりたい」という気持ちはない。

 

 部屋に戻る。

 

 鞄を置いて気づく。



 そう。

 こうなってしまったのは、「嘘」がきっかけだった。

 

 確かに今は、昔と違って喜怒哀楽も豊かになった木がする。仕事で何かをしても、笑顔を振舞うことだってできる。

 

 昔だったらそんなことは。

 

 いや、今もそうか。

 

 過去を振り返ると、自分がしてしまったことが返ってきている気がする。こうして恋愛すらできない三十代になって、改めて気づく。

 

 私は、「嘘」に縛られていた。

 

 その答えは、私の鞄の中のドーナツに隠されていた。

 

 ドーナツを見て、幸子さんを思い出した。

 

 でも、幸子さんは・・・。

 

 胸が疼く。

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