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 いつもの通学経路で。帰宅時に気になる光景があった。

 

 初めてあの光景を見たときのこと。それはおやつでいつも食べているドーナツを一つ残してしまった時のことだった。

 

 駅まで歩く通学路の途中にあるのは、地元の中学校の門の前を通る道。中学校の校門前の道を挟んで反対側に三階建てのアパートがある。その階段の踊り場で、中学校を眺めている女性がいた。

 

 初めて気づいたときは高校一年生の時。踊り場から柵にもたれかかってじっと、中学校を眺めている女性がいた。その女性は、何かを食べながら、ずっと中学校を見ていた。周りを見渡しているわけではなく、ただ一点を集中して見続けている。

 

 不審者としかとらえられない光景。でも、私は初めて会う彼女を見て、不審者とは思えなかった。

 

 その理由はわからない。ただ何かを食べながら、同じところを集中してみている。校門の前に立っている教師は、女性の存在に気づかないのだろうか。

 

 初めて気づいた私は、その女性が集中している先を気になって仕方がなくなってしまった。唐突な出来事とはいえ、一見周りにいなさそうな行動をする女性を見て、興味が湧くというのはどういう了見か。自分でもよくわからないけど。

 

 ふと、鞄に会った余ったドーナツを思い出して、鞄から取り出して無作為にその場で食べてみた。視線を彼女が見ている方向にずらし、彼女が何を見ているのか、彼女の行動や思考と同調するように見ていた。

 

 でも、何を見ているかわからない。下校していく中学生。校門の前に立っている教師。何ら変わりのない学校の外観。それらの中で、彼女は何を迷うことなく見続けているのか、理解ができなかった。

 

 それから気づけば、いつもの帰路で私はその女性が踊り場に出ている時には、ドーナツを片手にその場でゆっくりと歩きながら食べるという行為を繰り返した。立ち止まっていると中学校から通報されてしまうかもしれないという理性だけは働いていたので、中学校が見えてきたあたりでドーナツを取り出し、ゆっくりと歩きながら横目で中学校を見るという行動をするようになった。

 

 もちろん、女性に気づいてもらいたいという一心もあった。

 

 でも、女性は私を見ていないだろう。女性が見えてきたあたりで視線を切って中学校を見ていたので、女性がこちらに気づいているかどうかも定かではないが、なぜか同じ行動をしてみたい。そういう好奇心だけはずっと抱き続けていた。

 

 気づいたら高校二年生。この行動をし始めて一年弱。

 

 女性は、いつも中学校を見続けていた。

 

 なぜこれだけの期間、ずっと見ているのかもわからない。私も、どうして同じ行動をしているのかわからない。

 

 ただ、女性と同じ光景を見ること、それに全力を注いでいた。

 

 それが高校の青春の一つにもなっていた。

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