三、素の仮面
1
祖母の手紙を読んでいる。
同居している祖母が、亡くなってしまった。
祖父は悲しみに明け暮れた。最愛のパートナーを亡くし、ふさぎ込んでしまった祖父は、見ていられないほどだった。葬儀が終わり四十九日が過ぎてからは、食事以外は部屋で引きこもることが多くなった。
父と新しい母は、そんな祖父を労わっている。特に新しい母は、献身的に祖父を看てくれている。家政婦の時よりも、もっと愛情のこもったお世話をしているように思える。
弟も、再婚をして新しい母になったことに反発することはなくなった。小さい頃は「お母さんに会いたい」とごねていたのに、新しい母を「お母さん」と呼び、仲良くしている。
私も、「お母さん」そう呼んでいる。初めて呼んだときに、新しい母は泣いて喜んでいた。本当に良い人なのだろう。今でもそう思う。
だが、私の中にはまだもやもやとしたものがが残っている。
私は、父と新しい母、そして母だった人。あの日以降、家族としての”魅力”が湧かない。ただの同居人のような位置づけになっていた。
だが、私の”家族”に、本当のことは言えない。それも「嘘」になる。
つまり、私は私を魅力的だとは思えていない。
いつの間にか、昔より自分が死ぬほど嫌いになっていた。
「姉貴」
部屋の中で弟に勉強を教えていた。新しい母は、弟の勉強を見る私を気遣って家庭教師や塾を私や弟に勧めたが、「姉貴がいい」という弟の強い希望から、未だ高校生になってもこうして勉強を教え続けている。新しい母も、しぶしぶだが了承してくれた。
「何?」
「・・・あのさ、今度会わせたい人がいるんだけど」
「うん?」
「暇なときない?」
「いつでもいいよ。合わせるよ」
「わかった」
会わせたい人がいるという弟の申し出にドキッとした。
結婚前提で付き合っている人がいるのか。それは微笑ましいことだ。
「楽しみだね」
弟は、嬉しそうだった。
そして一週間後、弟が彼女を連れてきた。とても可愛らしい方だ。
「初めまして」
「初めまして!お邪魔します」
礼儀も挨拶もしっかりしている。とても育ちの良い印象だ。
リビングでお茶を出し、弟と彼女と私、三人で家族水入らずの時間を過ごした。付き合うまでの馴れ初めや弟の話など、話は大いに盛り上がった。そして夕方になり、彼女は帰っていった。
「姉貴。どうだった?」
「うん。良い子だね。とってもお似合いよ」
弟は、幸せそうだった。
高校の、体育館の準備倉庫の前で私は待ち合わせをしている。
「お待たせしました。お姉さん」
弟の彼女、待ち人がやってきた。
「御用というのは?」
「パチ・セダン。金髪の男。表通りの公園で喫煙。これ一週間の出来事。・・・意味わかるよね?」
彼女の前に複数の写真をばらまいた。彼女は、顔が真っ青になっていく。
「ごめんね。弟のためにどんな人か情報を集めてみたら、いろいろ集まりすぎちゃって。たった三日で十分だったんだけど、ぎりぎりまで情報を集めていたら一週間でおなか一杯になっちゃった」
「・・・どういうつもりなんですか」
写真を見下ろしていた彼女は、そこから覗き込むようにして私を睨みつけた。弟がかわいいと思っている彼女の印象は、もうどこにもない。
「別れなさい。弟には相応しくない」
彼女は「ちっ」と舌打ちをした。
「てめえのようなシスコンこっちから願い下げだ!」
「こちらこそありがとう。こういうことが分かっていなかったら玉の輿だったかしら?」
「ふんっ」
「あ、私から言ったということはくれぐれも内密に。」
「・・・守ると思ってんの?」
「じゃなきゃ、この写真持って職員室に行こうかなって思ってるぐらい」
「・・・。くそが」
ばつが悪そうに「バカ女が!」と吐き捨て足音を乱暴に立て、その場を去っていった。最低な女だ。弟を守りたいがために、情報を集めたかいがあった。
初めての彼女だったのに、本当にごめんね。
でも、あなたのためだから。
笑みがこぼれる。私には弟しかいない。弟を守れるのは私しかいない。初めて会った時からあの女は何か「嘘をついている」そう思っていた。女の感はすごいね。
人が周りにいないのを確認して、小声で笑う。
ざまあみろ。
着飾って清楚に見せて嘘をつき、私の大事なものにまで手を出そうとした女なんて、きっと弟の財産目当てだろう。ああいう悪い女は、金のある所にすり寄ってくる。
でも、純粋な弟には何も言いたくないし言わせたくない。陰で、弟の幸せを願っていればいい。
弟は、私と同じ高校を希望した。合格通知が来た時には兄弟で喜んだ。また、同じ学校に行ける。そう思うと嬉しかった。
でも、高校生にもなると、私たちのような社長の子どもは狙われやすい。特にああいう悪い女や悪い男にすり寄られてしまう。
自分は自制が効く。だが、弟は相手が女だからこそ「巧妙な嘘」をつかれて困惑するだろう。
そこを、しっかり見てあげなければ。
お昼休み。購買にパンを買いに行く。
「奈子!焼きそばパンゲット!」
加奈子ちゃんも同じ高校に進学し、同じクラスで仲良く学校生活を送っている。
「あんな人込みの中を・・・」
「女は気合だよ気合!」
そして手にしていた三個入りドーナツを私に渡してくれた。
「はい。いつものね」
「ありがとう」
私はお昼の購買の時間に、昼食の時間とは別で休憩時間に食べるおやつをここで購入する。いつもこの三個入りドーナツを買って、自動販売機のコーヒーか紅茶を買い、ドーナツのおともにするのだ。
「奈子ちゃん本当にドーナツが好きだよね。」
「うん。シンプルなお菓子が好きでね。特にこのドーナツ、癖がないから好きなんだ。」
「へえ。私はドーナツなら中に生クリーム入っているやつがいいな!」
そんな他愛のない話で、学校生活が終わっていく。
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