7

 

 家の鍵を取り出して、家に帰った。玄関を開けると、リビングで父と家政婦さんの声が聞こえた。時刻は十八時、そこまで遅くはない。だが、行き先を伝えずに外出したので心配しているかな。もしかしたら祖父母が今日のことを伝えたかもしれない。

 

 恐る恐るリビングの扉を開けようとした。

 

 「まだ、奈子は帰ってこないな」

 「大丈夫ですよ。忠司さんが送ってくださるって言ってたんですから」

 「そうだな」

 

 今日の事はやっぱりばれていた。心配をかけてしまったことに罪悪感を抱いた。

 

 「・・・やはり、私ではだめなのでしょうか」

 「・・・そんなことはない。私は君を愛している。それに奈子は前のことがあったからそっけない態度をとっているだけで、義則はだんだんとなついているだろう」

 「でも・・・」

 「自信を持ちなさい。私から二人には言っておくから」

 「義正さん・・・」

 

 扉の前で、ただ私は立っていた。扉を開けられない。初めて聞くことだった。

 

 いつもの私なら、父の新たな門出に喜ぶだろう。家政婦さんだって、優しいし頼りがいがある。いつも感謝をしている。

 

 でも

 

 そのやり取りが、今の私には良い風には聞こえない。

 

 それが、家族を構成しようとしていた父の嘘。家政婦という職業を偽っていた家政婦の嘘。

 

 そういう風にしか、聞こえなかった。

 

 離婚もしていないんでしょ。何が新しいお母さんだ。何が堅実なお父さんだ。



 

 何が家族だ。



 

 扉を開けた。

 

 「ただいま戻りました」

 「・・・お帰り。奈子。心配していたんだ」

 「・・・母は、他の男と一緒にいましたよ。いいんじゃないんでしょうか。家政婦さんと一緒になっても」

 「奈子、お前・・・」

 

 扉を閉めた。

 

 ただただ、思ったことを口にした。

 

 自分が、惨めに思えてきた。

 

 私の嘘で家族を壊し、人の嘘で絶望する。

 

 因果応報だ。

 

 自分を責めた。こうなったのも





 全部、私のせいだ。





 嘘をつく大人に絶望を抱いても、

 

 それは全部私のせいだ。

 

 階段を上がった。上がった先に、弟が立っていた。

 

 「お帰り」

 

 さっきまでの話を聞いていたのだろう。

 

 「・・・義則が話したかったことってこのこと?」

 「うん」

 

 弟の悲しい顔。罪悪感しかない。

 

 「ごめんね」

 

 弟は、一粒の涙を流した。

 

 嘘をつく人に、魅力は微塵も感じない。

 

 ただ、血のつながった兄弟は、どんなことがあったとしても愛しい。

 

 弟を守る。私にはそれしかない。

 

 それが、嘘の懺悔。私の贖罪だ。


 たった一人の家族、大切にしたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る