5

 

 祖父母の家の最寄り駅を事前に調べてあったので、その駅までの路線ルートはスムーズだった。目的地の駅にたどり着き、改札を出た。

 

 ポケットに折りたたんだ地図を見る。コンビニでコピーした地図をもとに、祖父母の家まで歩いて向かった。

 

 祖父母の家に行ったのは、母が祖父母の家に行く年の前の年が一番新しい。それから数年経っている。中学校の進学のお祝いとして、祝い金を頂いたりしていたが、会うこと自体が久しい。

 

 緊張する。

 

 とぼとぼと歩き続け、ようやく見覚えのある祖父母の家に着いた。

 

 門の前に立った。中の様子をうかがう。人がいるかどうかはわからないが、車が止まっているので誰かいるだろうと思っていた。

 

 門の前で、インターホンを鳴らすことを躊躇う。今日はお忍びできているのだから、祖父母に会うと父にばれてしまう恐怖。

 

 自分の意気地なさに怖気つく、その恐怖と母に会いたいという葛藤に苛まれる。

 

 「・・・奈子?」

 

 声に驚き見ると、忠司おじさんが門の前で話しかけてきた。

 

 「奈子だよな。久しぶりだなあ。お前一人か?」

 

 忠司おじさんは未婚で、現在も祖父母の家に同居している。軍手を付けて泥だらけの姿のおじさん。さっきまで庭いじりでもしていたのだろうか。

 

 「・・・はい」

 「よく来たな。一人でえらいな」

 「もう中学生なので一人で来れますよ」

 「いやいや。それよりも、おじいちゃんとおばあちゃんに会ったか?」

 「いえ、会ってないです」

 「そうか」

 

 おじさんは一人でいる私を見て何かを察したようだった。

 

 「今、お母さんいないぞ。奈子、お前お母さんに会いに来たんだろ」

 「・・・」

 

 おじさんは話し続けた。

 

 「今、家におじいちゃんとおばあちゃんいるが、会いに行くか?」

 

 おじさんが門を開けた。

 

 「はい」

 

 私は門をくぐり、祖父母の家に入った。おじさんが軍手を取ってポケットに入れ、玄関の扉を開ける。

 

 「父さん!母さん!」

 

 そういうと家の奥から「何~?」と祖母の声がした。足音が近づき、玄関に懐かしい祖母が立った。

 

 「・・・奈子かい?奈子なのかい?!」

 

 祖母が目に涙を浮かばせた。駆け足で私に寄り、強く抱きしめてくれた。その声に反応して、祖父も玄関に出てきた。

 

 「あなた!奈子よ!奈子がいるわ!」

 「奈子・・・久しぶりやな。」

 

 家の奥からどたどたと走ってきた祖父も、今にも泣きそうな顔をしていた。祖父母は数年会っていないだけで年を取ったように思えた。

 

 「今日は一人か?お父さんや義則はどうしたの?」

 

 答えられない私を見て、祖父が「とりあえず、中に入りなさい」そういってくれた。

 

 靴を脱いで、小学校ぶりの祖母の家に入った。

 

 畳に座り、祖母がお茶を出してくれた。おやつも出してくれたが、いただくことに気が引けてしまう。

 

 「大きくなったな」

 

 祖父が笑って言ってくれた。

 

 「はい」

 

 数年も会っていないと他人行儀に接してしまう。小学校の頃はよく遊びに来ていたので祖父には抱っこしてもらったり、祖母とおやつを作ったり、いろいろ楽しい思い出がよみがえり、懐かしい気持ちになった。

 

  だが、母がこちらに戻ってきてからは祖父母の家に一度も来ていなかったため、あの頃のように接することが難しい。大好きな祖父母や叔父が目の前にいて、も、なんだか気が引けてしまうのだ。

 

 それも、自分のせいだから。

 

 「今日はどうして一人で来たの?お父さんには内緒にしてあげるから。帰りは忠司が送って行ってくれるわ」

 

 隣で頷くおじさん。祖母は察してくれた。

 

 「ところで、今日はもしかしてお母さんに会いに来たのか?」

 

 周りの大人の顔が一気に強張った。何か後ろめたい顔をしている。

 

 「・・・。」

 

 「隠さなくていい。奈子があのことを気にしているなら、あれは奈子のせいじゃない。私たち大人のせいだ。本当はもうちょっと大きくなって落ち着いてから会わせようと思っていたんだが。」

 

 祖父が申し訳なさそうに話してくれた。

 

 でも、自分の罪は拭えない。罪悪感は一気に募る。

 

 大人のみんなを傷つけてしまったのは私が問題だったから。今でこそわかる。あの時いくら無垢な小学生であったとしても、夢で「詐欺師」なんて書いてしまい、母を疲れさせてしまったのだから。

 

 「あの後お父さんともよく話して、お母さんはしばらくこっちで休養すればいいってことになったのよ。お母さんも奈子のことでいろいろ悩んでいたからね。許してあげて」

 

 祖母は目に涙を溜めて訴えてきた。その表情を作らせてしまったのも私だ。私が許す問題じゃない。私が許されなきゃいけないんだから。

 

 「親父。お袋。久しぶりに奈子が来て、奈子も戸惑ってる」

 

 おじさんが私の顔を見て言ってくれた。

 

 「なあ奈子。あまり思いつめるな。お前は悪くないんだ。こうやって会えたことも俺は嬉しいし、おじいちゃんやおばあちゃんだって嬉しいんだ。俺だって泣きたいぐらいなんだぞ。でも、こうやって会いに来てくれて、俺たちは本当に嬉しいんだ」

 

 おじさんが頭を撫でてくれた。久しぶりに会えて、こんなにも優しく出迎えてくれたこと。とても嬉しかった。

 

 「だけど、次からはちゃんと連絡するなりお父さんに行ってからきなさい」

 「はい。ごめんなさい」

 

 祖父母の家の、アットホームな空気が好きだった。小学生の頃、会うたびに心を許せるもう一つの場所だった。もう一人の祖父母とやさしい叔父。

 

 そもそも、こうして気の許す場所に行けなくなった原因は私にあるのだから。今を悔やんでも、悔やみきれなかった。閉ざしてしまったのは、私なのだから。

 

 

 ガシャン

 


 玄関から扉が開く音がした。

 

 ドタバタと足音がする。足音が疎らで、一人だけ入ってきたわけではなさそうだった。

 

 母が帰宅したのか。緊張が走った。同時に、祖父母もおじさんも、表情が強張った。

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