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「奈子、最近学校はどうだ?」
食事の席で、父が話しかけてきた。
「順調です」
「・・・っそうか」
父は、私と会話をするために、些細なことからすべてを聞いてくる。
私は、あの日以来自らのことを話すことはもちろん、必要最低限の会話もすべて事務的に処理してしまう癖ができてしまった。
何を話しかけられてもうなずき、相槌をうつばかり。初めはこのことに悪いと思う気持ちもあったのだが、家族が私をはじめから興味がなかったと仮定しても、会話を事務的に処理し、完結することが時短にもなるし、何より興味の対象外から無駄な会話を設けるよう促すことも、迷惑なことではないかと考えるようになった。
決して、ひねくれたわけではないと思う。弟にも「姉貴、もうちょっと話してあげたら?」と促される。心配そうな表情を見せるが、その気遣いすら私にかける時間は勿体ないと思ってしまう。
だから、私と接することを少なくするよう、自らがそうなるように提供する。それが、良いことをすることだと痛感できるし、家族のためになるとも思っていた。
「義則はどうだ?」
「俺は最近テストの調子よくない」
「そうか、家庭教師をつけるか?」
「うん。お願いしたいけど、俺姉貴に教えてもらいたい。姉貴は本当にわかるから。」
「そうか。奈子、お前が忙しい時でなければ、義則の勉強を見る回数を少し増やしてもらってもいいか?」
「はい。問題ありません」
これ以上話すと長くなりそうだ。私は箸を置いた。
「お嬢様、もうお食事はお済ですか?」
「はい。ごちそうさまでした」
母があの事件からこの家に帰ってきていない。その間は祖母が家事を担っていたが、年齢も年齢。私も手伝いをするが、学校の時間は手伝いができないため、祖母のみの家事には限界があった。そのため父が家政婦さんを雇った。私は反対したが、父が「お前に負担をかけさせたくない」と言ってくださった。
その気遣いに、私の力不足さ、そして情けなさが罪悪感として重くのしかかった。
そんな家政婦さんに、私は嫉妬心を抱いていた。
有償でこの家の家事をやって、日々この家族のために一日過ごして、会話も事務的。かかわりを持つことも少ない。
可もなく不可もなく。
私だってそんな存在になりたかったのに。私なら無償でこの家政婦さんよりも家族のためになることをするのに。
部屋に戻ろうとする。
「姉貴、後で部屋言っていい?」
「いいわよ」
了解し、私は部屋に戻った。
椅子に座り、勉強道具を出す。弟が聞きたいという勉強箇所はだいたい目星が付く。あらかじめ準備をして、それまでは自分の予習復習の時間に費やそう。
コンコン
「姉貴?入るよ」
弟が入ってきた。やはり数学の教科書を持っていた。付箋を挟みわからない箇所をチェックしてきたのだろう。
「姉貴教えて・・・ってえ?!なんでわからない場所がわかるの?」
「ふふふ、適当にページを開いていただけよ。」
「まじかよ・・・まあいいや。教えて。」
机の横に椅子をつけて、丁寧に教えた。
ペンを握り、必死に問題に取り組む。この努力の姿勢は、昔の弟と比較しても成長ぶりは歴然だ。今では真面目な生徒となり、父が祖父の跡を継ぎ社長となった次の後継者としても期待するのには申し分ない人柄となった。
「・・・なあ姉貴。母さんって、いつ帰ってくるのかな」
ペンが止まって、弟が聞いてきた。
「・・・さぁ、私には何とも・・・。」
「・・・俺は正直、母さんは自業自得だと思ってる。いくら精神的に追い込まれてたとしても、自分の子供に当たり散らすのは良くないと思ってるし、あの時のことは姉貴のせいじゃないって思ってる。ただ・・・。」
「ただ?」
「・・・戻ってきてもらわないと、ちょっと」
「ちょっと?」
「・・・あ、いやいいや。またそれは話すよ」
弟が何か言いづらそうにした。私に気を遣っているのか。
「私は戻ってきてほしい」
そうつぶやいた。
でも、弟の表情は晴れることはない。母の事ではなく、何か別のことで悩んでいるようだった。
「さ、勉強しましょう」
弟の手を握り、ペンを握らせてた。
「うん」
そうして、弟は再びペンを握って真剣に書き始めた。
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