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 「おじいちゃん嬉しいぞ。誕生日にお祝いをするなんて初めてだな」

 

 会社から直接来た祖父は個室の食事処で私に大きな包み紙のプレゼントを渡してくれた。

 

 「ありがとう。でも」

 「いわないとは言わせないぞ。今日は誕生日だ。もらってくれ」

 

 祖父が笑い、祖母が心配そうな表情で見つめてくる。「ありがとう」そう言ってプレゼントをもらった。そのプレゼントを弟が気になっているのがわかったので「一緒に開ける?」弟の表情が明るくなって「いいの?!」プレゼントを開けると、中には何冊もの図鑑があった。

 

 「そろそろいるかなと思ってな。奈子は勉強熱心だ。部屋にも図鑑が少ないような気がしてな。どうだ?」

 「ありがとう。大切に使うね。義則も使う?」

 「うん!お姉ちゃんありがとう!」

 

 初めて、「お姉ちゃん」と呼ばれた。その瞬間「良き姉」だという優越感に浸った。

 

 「奈子」

 

 祖父が真剣な表情を見せた。ネクタイを緩め、ビールジョッキを片手に語りだした。

 

 「おじいちゃんはまだ仕事が忙しいからなかなかお前たちに会えない。元気な姿を見れないからおばあちゃんからよく話は聞いてるよ。奈子は良いお姉ちゃんをしているんだな。おじいちゃんの会社でも自慢してるぞ」

 

 その言葉に、私は鳥肌が立つほどの快感を覚えた。

 

 「だが」

 

 ビールをぐいっと飲み干し、祖母が立て続けにいう。

 

 「奈子は我慢しすぎだな」

 「がまん・・・?」

 「そうだ」

 

 店員を呼び、「ビールを一杯いただけますか?」と、祖母がオーダーをした。

 

 「お前は「良い子」になるために、周りをよく見て行動している。そのために嘘をよくついたりするよな」

 「・・・うん。」

 「この世にはな、ついて良い嘘と、ついちゃいけない嘘があるんだ」

 祖母がビールをもらい、祖父の席の前に置いた。

 「お前の嘘は、悪いことをするための嘘じゃない。でも、嘘をついて周りは怒ったりしていないか?」

 「うん・・・よくお母さんに怒られる」

 「そうだ。奈子は本当に良い子なんだが、唯一悪いところと言ったら、無理をして嘘をつこうとすることなんだ」

 「ねえおじいちゃん、嘘ってついちゃいけないんでしょ?だからお姉ちゃんは詐欺師なんでしょ?」

 

 弟が唐突に質問をぶつけた。

 

 「ぬん・・・義則、お前は詐欺師という言葉を知っているか?」

 「俺よくわかんないけど、お母さんが詐欺師は嘘をつく人だって」

 「そうだ。間違っていない。だが、詐欺師というのは人を悪い気持ちで騙して嘘をつく人のことを言うんだ。お前のお姉ちゃんは、悪いことをするために嘘をついているのか?」

 「うーん、なんか違う気がする。でも、この前の五百円のやつは?」

 「あれは本当はお姉ちゃんがやってはいないとおばあちゃんは思うけどね」

 祖母がそういった。

 「義則、あんた五百円を出したりしたことなかった?」

 「うーん・・・あ!駄菓子屋さん行こうとして友達がいけなくなったときに準備してた!」

 「そうね。その時にもしかしたらベットの上に置いたりしてなかった?」

 「うーん・・・覚えてないけど、もしかしたら俺かも。・・・お姉ちゃんごめん」

 

 私は、その様子に違和感を覚えた。謝らなくてもいいのに。

 

 「いいのよ。こっちこそごめんね」

 

 その様子を見て、祖父母が心配そうに見つめてくれていた。

 

 「とりあえずデザートを食べなさい」

 

 デザートは、祖父母がお店に頼んで用意してくれていたショートケーキのワンホールケーキだった。

 

 「いただきます!」

 

 祖母が取り分けてくれたケーキを、嬉しそうに食べる弟を見てから、私はケーキを食べた。食べながら、自分の中の違和感の衝動を抑え込もうと必死に食べ続けた。

 

 

 嘘をつくことが、結局良いことなのか悪いことなのかわからなかった。自分が無理をしている。自分が良い子であることに無理をしている感覚すらなかったから、その事実を受け入れることができなかった。

 

 「大丈夫?元気ないわよ」

 

 祖母が声をかけてくれた。

 

 「大丈夫!ありがとう!」

 

 たぶん、私のつく嘘は、まだ終わらない。







 家に帰ると、父が帰宅していた。表情が硬い。

 

 玄関に入ると、目の前に父が立っていた。眉間にしわを寄せている。

 すかさず、弟が私の前に立って両手を広げた。

 

 「お父さん、お姉ちゃん悪くないよ!」

 

 弟の姿を見て、私は申し訳なくなった。

 

 「義則、大丈夫だ。奈子、ちょっと話がある。」

 

 父はリビングルームに歩いて行った。

 

 母の姿がどこにもない。私はそれが気になった。靴を脱ぎ、リビングルームに入る。

 

 「座りなさい。」

 

 ソファーに座った。父の顔をじっくりと見るのも何か月ぶりだろう。父は海外赴任も多く多忙で会う機会も少なく、帰宅するのも数か月ぶりだと思う。

 

 「お母さんから聞いたよ。誕生日おめでとう。仕事が忙しくて誕生日もまともに祝ってあげれなくてごめんな。」

 

 今まで見たことがない父の顔。優しい顔で、泣きそうな顔。なんで今日はこんな顔ばっかり見るのだろう。

 

 「おばあちゃんから今までのこと全部聞いたよ。お母さんも忙しくて奈子のこと優しくできなかったって泣いてた。お母さんを許してくれるか?お父さんも、お母さんの話ばかり聞いて、奈子を責めたこともあったな。本当にすまなかった。」

 

 なんで、謝るの?

 

 「お母さんは、ちょっと疲れちゃって今愛知のおじいちゃんとおばあちゃんのところにいる。すぐに戻ってくるから安心しなさい。」

 

 なんで、お母さんは疲れちゃったの?

 

 「・・・私のせいなんだね。」

 

 つい言葉が漏れてしまった。頭の中がぐちゃぐちゃした。

 どうして私は、自分が理想とする「良い子」を演じるために嘘をついてきただけなのに、どうして周を困らせるようなことをしてしまうんだろう。どうして良い子でいられないんだろう。どうして上手くできないんだろう。

 

 「どうして私のせいでこうなっちゃうんだろう」

 「奈子?」

 「どうしてこうなっちゃうんだろう」

 

 言葉が止まらなかった。

 

 「どうしてなんだろう、私「悪い子」だ。本当にごめんなさい。これからはもっと努力します。頑張ります。もっと「良い子」になれるようになります。どうしてこうなっちったんだろう、どうして」

 「奈子?奈子!」

 

 父の声に、祖父母と弟が慌てて私に駆け寄った。私は心の声を抑えきれず、ただ頭の中で浮かんでくる言葉を口に出し続けていた。

 

 抑えきれずに流れ出すように言葉を吐き続けた。

 

 らしい。





 当時のことを弟から聞くと、その時私は無表情で、どこに焦点が合っていないかわからない目をしながら、ずっと言葉を吐き続けていたという。

 

 その日から、誕生日は私にとって史上最悪な日となった。母がいなくなり、私という存在が「悪い子」になった日だったから。


 翌年に私の誕生日ケーキが台所に置いてあるのを見つけたとき、気づいたらケーキを包丁で上から一刺ししていた。


 その場に私のためのものがあってはならない。その存在を消すための行為だった。それ以降、私の誕生日は祝われることは、またなくなった。

 

 ただ、その日から、私は自分に嫌悪感を抱いた。自分という存在が、嫌で嫌でたまらなくなった。この世に存在してはならない。そう思うほどに。

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