一、詐欺師

1



 「お前は詐欺師になるんだ!」

 

 物心つく頃から、母に耳にタコができるほど言われた言葉だった。

 

 弟がいた私は、親に「いい子」であることを演技することが重要な責務だと思っていた。

 

 学校のテストで満点を取ること。学校の通知表の成績をとること、家では必ず手伝いをすること、弟の面倒をしっかりと見ること、良き娘であり、良き姉であること。


 子どものころから求め続けていた。

 

 その努力の結果が、こうした言葉を生み出した。

 

 結果として私が望んだことではない。でも自分という立派な像を作り上げるために、必要な嘘をついていた為に得てしまったことでもあった。この現実を受け入れるのにも、それ相応の「良い子」を演じる自分、当時は「狂った子ども」であったと自負している。

 

 結果として、両親に怒られている自分が惨めだった。小さい頃の嘘はすぐにばれる。でも、自分の嘘は、自分を作り上げるための利用価値のあるものだと思っていた。必要なものだと、そう思っていた。

 

 「なんでそんな嘘ばかりつくの」

 「お前はなんで素直になれないんだ」

 

 そういわれることに、罪悪感は持てなかった。ただ両親に怒られる自分が耐えきれなかった。

 

 こうして思う瞬間だけ「良い子」ではないことぐらい、子どものころの自分でもよくわかった。

 


 でも、嘘がやめられない。






 


 「俺の五百円お前が盗っただろ」

 

 と、弟が言い出した。

 

 私は盗んでいない。そう言い続けた。それは真実だから。弟が悲しむことなんてやるはずがない。

 

 でも、私は母に「嘘つきのペテン師」「将来は詐欺師」そういわれ続けていたから、自分を信用してもらえることはなく、ただ怒られて続けていた。反抗はしない。それが自分の「良い子」の像を作り上げるためのものだと信じ続けていたから。

 

 「ごめんなさい」


 やってもいない罪を自ら被り、謝ることも私の務めだった。母は納得した様子だった。あとでベットの下に五百円が紛れ込んでいたことが発覚したが、それは「弟の失態」ではなく「私の隠ぺい工作」だと、また被り、また叱責された。

 



 そんな様子を遠くから見ていた祖母が駆け寄ってきた。

 

 「奈子、大丈夫かい」

 

 そういって私の頭をなでてくれた。

 

 「お母さん!甘やかさないでください!」

 

 母が金切り声を上げた。

 

 「あんたは奈子を見なさすぎだ。さっきの五百円、義則の部屋で見つかったんだろう。奈子が本当にそんなことまでするのか?」

 「そうですよ!絶対そうです!さっき認めました!」

 「・・・奈子、本当にやったのかい?」

 

 祖母が問いかけてくる。私には、本当のことを言う権利はない。清く正しく、よき姉であるために。

 

 「はい、私がやりました」

 「ほら!そうでしょ?!この子すぐに嘘つくんです!お母さんも、すでに解決したことなのに、いちいち大事にしないでください!」

 

 母は「ふんっ」と息を吐き、部屋を後にした。


 祖母はため息をつく。そして視線を私に向ける。

 

 「・・・奈子。お前が嘘をつくのはおばあちゃんも知っている。だけど、お前は周りをよく見れる子だから、お前が好きで嘘をついているとは思えない。周りにあまり気を遣っていたら、つらいことばっかりだよ」

 

 そういって祖母は悲しい様子を見せて頭をなで続けてくれた。祖母は本当に優しい。私の理解者の一人かもしれない。その時は気づかなかったけれど、祖母の前では私を認めてもらおうと嘘をついたことはない。


 祖母の前では、素直な子どもになれた。

 

 「おばあちゃんだっこ!」

 

 急に弟が祖母の胸元に飛び込んできた。弟は隣に座っていた私を手で押しのけ、突き飛ばした。

 

 「義則!お姉ちゃんに謝りなさい!」

 「やだよ!俺の五百円泥棒!嘘つき詐欺師ぃ~」

 

 にやにやと不気味に笑う弟を見ても、私は姉を演じる。

 

 「いいのよおばあちゃん、私が邪魔だったのが悪いの」

 

 立ち上がり、その場を後にした。背中から「奈子!」と祖母が読んだ。


 祖母はいつも味方でいてくれる。でも、それじゃあ本当の「良い子」にはなれない。


 「おい詐欺師!皿洗いなさい!」

 

 これから一か月は、両親にも「奈子」ではなく「詐欺師」と呼ばれる。ずっとそうだ。怒られたら、その都度「詐欺師」と呼ばれて生活をする。それを受け入れる私は、「詐欺師」と呼ばれることこそ、自分の演出で必要なことだって信じていた。自分が怒られていることに罪悪感はない。でも、親を怒らせてしまったことには失態という罪を感じる。受け入れることが「贖罪」になれば、「良い子」の私を演出できている、そんな価値観を、当時は見出していた。

 

 「はい」

 

 台所で皿を洗う。どれだけ怒られても、けなされても、どれでも良い子を演じることが大切だった。

 

 「詐欺師、食器も用意しなさい」

 

 不気味な笑顔を見せる母親にも、笑顔で返事をする。

 

 「はい」

 

 自分を守るために、嘘はやめられない。


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