ドーナツの女
誉野史
序章
ドーナツを食べる女
足を組んで、ドーナツを食べることが「素敵な女性」に見える私のポリシー。
仕事のない休日に、テイクアウトではなくお店のイートインスペースで、一人美しくドーナツを食べる。
このスタイルに、シンパシーを感じてくれる人なんて、私にとっては皆無な話。
だって周囲に何を思われようが、私はこの休日の満喫方法を「最高の贅沢だと自己完結しているから。
左手にコーヒーを持つ。砂糖を入れず、フレッシュでことを済ませるのが贅沢の日課。
そして右手にオールドファッション。あえて、トッピングをのせていないドーナツを選択する。ドーナツのトッピングはいらない。私はプレーンと名の付くお菓子が好きで、特にオールドファッションはトッピングをしていないおやつの中でも老舗。貫禄あるお菓子をおしゃれに食べる女性。いいじゃない。
自分に酔う。時間を満喫している「余裕のある女性」を演出し、満喫している。まるで今の自分に不満はない。
周りのイートインスペースで、カップルがキャッキャウフフしている。家族連れで子どもにドーナツを食べさせている旦那さんと、優しい目でその様子を観察している妻の幸せそうな姿。巷にいる独身女性なら、その場の雰囲気に心あらずと憤慨し、嫉妬し、その場にいる孤独感に苛まれるのであろう。
けど、私はその姿を見ても何も思わない。何も感じない。
いや、決して無理をしているわけではない。
私は、その幸せそのものが「偽り」だと思えて仕方がない。
カップルで、ラブラブな雰囲気を醸し出していても、どちらかは隠し事をしている。ほら、彼女はペアリングをつけているのに、彼氏はつけていない。きっとあの彼氏はそこまで彼女のことが好きではない。彼女の愛に冷めつつあるのか、それとも別の女性に引かれているのか。そんなことを読み取ってしまう。
旦那を優しい目で見守る「良き妻」な女性は、旦那と装いを比較すると一刀両断。妻は全身一級ブランド品を身にまとい、旦那はというと、その辺で売っていそうな大量生産した庶民が着ている服。妻が尻に敷いている旦那。あれこそ旦那にとって百パーセントの幸せかというと、立場が違う時点で無理な話だ。一緒にいる子どももいずれわかるのだろうか、それとも感染するのだろうか。
そんな幸せを目の前にしても、嘘だらけの塊としか思えない。
だから、羨ましいとも思えないし、ああなりたいとも思えない。
むしろ、あんな姿を見て「いいな~」といえる友達を見てると、吐き気がする。あんな塊の中に、私は介入したくない。
あえて一人を選択する自分に酔っていることが楽しい。
そして、手に取っているこのドーナツには、嘘偽りない。
トッピングでコーティングされた味ではない。ただ、ドーナツを作る工程で、ドーナツ本来の味を出しているから好きなんだ。
だが、時に思う。このドーナツは「私に似ている」。
そして思う。 私の、この本来の姿こそ、うそつきの塊そのものだと。
このドーナツも、本当は嘘つきなんだ、と。
店の経営方針なのか、利益を被るための値段改定によって、ドーナツの金額が少しだけ高くなった。
だが、それは本来のドーナツの値段ではない。
最近では、ドーナツを売りたいがためにグッズ販売も始めている。一緒に買うとお得だとか言って人気キャラクターのグッズをメインとして売っている。なんとなく、ドーナツそのものを求めている顧客は少なくなったような気がする。
つまり、ドーナツはすべての嘘に加担している。
「お前はそれでいいのか。」
私はいつも、オールドファッションに語り掛ける。お前の本来の能力はそんなものではないはずだ。お前は嘘をついてはいけない。加担してはいけない。
お前は、私になってはいけないんだ。似てはいけないものに、似ちゃいけないよ。
「失望させないでくれ。」
一口オールドファッションをかじる。虚しさが伝わってくる。
オールドファッション、その姿。価値ををこれほどまでに求めている者は、世界中で私だけなのかもしれない。
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