第64話 クレオパスの意思
クレオパスは仕事の休みをもらって猫獣人の街の宿に向かった。そこにエルピダ達が泊まっているのだ。
数日前に、ルーカスや誘拐犯の事で話し合いがしたいと連絡をもらった。なので、今日はその話し合いをしに行くのである。
とりあえずここでは未成年ということで、保護者代わりとしてカーロが着いてきた。
普通なら犬獣人の彼が猫獣人の街に入るのは嫌がられるのだが、
宿の受付で要件を伝えると、話が通っているらしくすぐに部屋に通してくれた。
部屋にはエルピダとバシレイオスがいた。他の側付きは隅の方に控えている。
偉い人相手なので丁寧に挨拶をする。
ついでにバシレイオスに先日のお礼も言う。助けになったようでよかったと言われたのでほっとした。
「さて、本題に入りましょうか」
エルピダの言葉で話し合いが始まる。
「ルーカス様達の事でしたよね?」
「ええ。どうやら本格的にこちらに来る用意をしているようでね」
どうやらクレオパスも当事者ということで積極的には協力させられないが、報告はしてくれるようだ。ついでに意見があれば、遠慮なく言っていいと言われる。
どうやら、今年は世界魔術師会議という魔術師達の集まりがいつもより早く開催されるそうで、向こうも焦っているらしい。
確かに『会議』でルーカスの事が議題に上がるのは、当の本人にはたまったものではない。世界中に彼の所業が知られてしまう。
それまでにやることをやらなければいけないと焦る気持ちは分かるが、それが殺人というのはどうなのだろうと思ってしまう。
「予定通り、メラン一族の当主と話し合って、ルーカスが脱出をしたらすぐに捕らえる事になっているわ」
「捕縛は当主様が先導されるんでしたよね」
ここでクレオパスが言った『当主様』はメラン一族の当主の事である。
「そうね。もちろんこちらも人を何人か送るけれど」
「そうなると、メラン一族の中で裁かれる事になるんですか?」
エルピダがうなずく。確かにこれではシンガス一族はこれ以上の介入は出来ない。そして、当主は息子に甘い。大した罰は受けないとクレオパスでも予測できる。
「もし、おれが囮になれたら……」
思った事がつい口を出る。その途端、みんながぎょっとした顔になった。だが、自分は変なことを言った覚えはない。
現行犯で捕まえられるならきちんと罪の裁きを受けられる。その方がルーカスのためにはいいとは思う。
「危ない事考えるんじゃないワン!」
カーロに叱られてしまった。でも、クレオパスは間違った事は言っていない。
「クレオパスは、ルーカスに重い裁きを受けて欲しいのか?」
クレオパスの目的を察したらしいバシレイオスが尋ねてくる。その答えは、当然『はい』だ。
それは間違いない。彼は重大な罪を犯している。それについてうやむやにされるというのは良くない。彼がやったのは殺人未遂なのだ。
それは自分が被害者だからというわけではない。そう思っている。恨みがないと言えば嘘にはなってしまうが。
「記憶をいじられる前、魔法陣の修正が成功していたら、次の日にでも訴えに行こうとは思っていました」
「そう……」
エルピダが難しそうな顔でそれだけを言った。
「やはり、無謀だったでしょうか?」
「そうね」
肯定される。
それはそうだ。もし、あの時、訴えに行こうとしても父の許可がなければ無理だったし、許可が下りたとしても、子供に甘い当主が握りつぶしてしまっていただろう。
今回もかなり無茶な事を言った自覚はある。失敗したらクレオパスどころか、獣人家族まで危険に晒してしまうかもしれない。
「最初から最後まで計画を立てた上で、あなたが常に安全なところにいられるのなら、すぐにでも許可を出すのだけれど」
確かにそれが出来ればとても楽だ。
「それに、責任も重大よ」
「はい。それについてはある程度覚悟は出来ています」
きっぱり言うと、二人は困ったようにため息を吐く。
「あなたの気持ちは分かるけどね……」
そう呟かれる。大変よ、と続くのは予想がついた。
「まあ、そういう意見がクレオパスから出たということは弟には話しておくわ」
シンガス一族の当主に話は通してもらえるらしい。という事は、向こうから命じられる可能性もあるということだ。覚悟が決まっているのは嘘ではないので、改めて気を引き締めておく。
ただ、『弟に』と言っているのでプライベートの場で報告するのだという事も分かる。確かに、この事を正式な話し合いの議題で出したら大事になってしまう。
そうなると命じるしかなくなるのかもしれない。
こうやって逃げ道を与えてくれているのだ。本当に申し訳ない。
「まあ、私が向こうに行くまではまだ数日あるから、もっと時間をかけてゆっくり話し合いましょう」
そう言って話を締める。
とりあえず、意思表示が出来たのならそれでいいとするしかない。
どういう形にせよ、クレオパスはルーカスと決着をつけなければいけないのだ。
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