第63話 謎の提案

「いや、あの、リルさん、何言ってんだよ」


 驚きすぎてついしどろもどろになってしまった。


「だから、クレオパスさんが帰るときにリルも一緒にミュコスに行こうかなって」


 ものすごく真剣な表情で変なことを言わないで欲しい。クレオパスは頭を抱えたくなってしまった。


「そんなこと出来るわけないだろ」


 これだけはきっぱり言う。観光なら問題ない。でも魔力のない者がミュコスに住むのはとても大変なのだ。差別も受けるだろう。

 というか、そういう問題ではない。やはり自分もどこか混乱している。


「ダメかな?」

「ダメだよ。大体ミーアさんが寂しがるだろ。カーロさん達も心配するだろうし」

「それは……」


 さすがに家族を心配させるのは良くないと思ったのかもしれない。困ったようにうつむいている。


「それに、ミュコスに女の子を連れて帰るなんてお嫁さんにするみたいじゃないか。そんな誤解されるの嫌だよ」

「じゃあ付き合えばいいんじゃないの?」


 また固まってしまう。何を言っているのだろう。その話なら前に終わったはずだ。

 どう見てもリルはクレオパスに恋などしていないし、クレオパスもそうだ。そんな二人がお付き合いなんか出来るわけがない。


「よくねえだろ」


 だから乱暴にそう答えてしまう。


「いいじゃん、別に。それでいろいろ解決するんだから」

「何が解決するんだよ。問題ばっかりじゃないか!」

「大丈夫だよ」

「全然大丈夫じゃない!」


 つい言い合いになってしまった。


「前にも言ったけど、リルさん、おれへのそういう気持ちないだろ? だったらダメ」


 きっぱりと断る。これで説得してもらえるはずだ。してもらえると思いたい。


「いいと思ったんだけどな」


 リルはふぅ、とため息を吐いておやつの乗ったトレーを持ち上げる。


「でも考えといてね」


 それだけ答えると、リルはさっさとリビングへ歩いていった。


「遅かったね。何話してたの?」


 ミーアが何だか責めるような口調で聞いてくる。でも、クレオパスは別に悪いことはしていない。しているならリルである。

 ついでに『リルに重い物持たせて!』と責められたが、勝手に持って行ったのもリルである。


「ああ、ミュコスへ行く話」


 リルは本当は言うつもりはなかったのだろう。言ってから『しまった』とでも言いたげな表情になる。

 それはそうだ。クレオパスを口説いて押しかけ女房になろうとしたなんて、ミーアに知られたら泣かれてしまう。


「え? ミュコスに? 何で?」


 ミーアがきょとんとした表情になる。当たり前だ。本当に予想もしていない話だった。


「いろんな名所があるから事件が解決したら観光においでって話してたんだよ。フランク達も来る?」


 さらりとリルの意図とは違う意味で説明する。その事でリルに『観光以外で行くことは許可しない』ということを伝える意味もある。


「うん。是非行きたいな。みんなで行こうね」


 フランクは乗り気だ。


「『魔術』を使う人しかいないんだったわよね? そこ」

「うん」

「……ちょっと怖いんだけど」


 とはいえ、ミーアは予想通り逃げ腰だ。これは仕方がないと思う。恐怖症は簡単には直らないのだ。もちろん強行するつもりはない。


「うん。慣れたらでいいよ」


 それだけを言った。ミーアの表情が少しだけ落ち着いたものになる。


 これでリルも諦めてくれれば楽なんだけど、と考えながらクレオパスはそっと自分のジャーキーに手を伸ばした。

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