第65話 兄弟会議

 エルピダが当主の屋敷に転移して来たときには、もう弟妹がそろっていた。


「ただいま帰りました、当主様。久しぶりね、ソフロニア」

「おかえり、姉様」

「ご無沙汰しております、お姉様」


 とりあえずまずは挨拶だ。二人も挨拶を返してくれる。


「カルローエは? 一緒に来たんじゃないの?」

「あの子はドレスの仮縫いで来ただけだもの。子供のお世話もあるしすぐに帰るんですって」


 妹と一緒に来ると言っていた姪がいないので、不思議に思って尋ねるとすぐに返事が返ってきた。

 弟と姪は数ヶ月後にある他国の王族の婚儀に招かれている。仮縫いが出来たのはその時に着るドレスだろう。


「そうなの? 今回の事が気になってついてきたんだと思っていたけど」

「気にはなっているみたいよ。後で話せることだけ話す事になってるわ」

「そう」


 当たり前だと思う。姪はホンドロヤニスの事件の当事者で、ホンドロヤニスと対決した張本人なのだ。当然、クレオパスの事も気にかかっているようだ。


 ホンドロヤニスの子供の処遇を決めるときに一番怒っていたのは当然イアコボスだったが、その次くらいに怒りを見せていたのは姪だった。多分、イアコボスが啖呵を切らなければ、姪が怒鳴り散らしていたのだろう。

 とは言っても、話し合い当時、十三歳になったばかりだった姪では、『子供には何も分からないだろう』と馬鹿にされて終わっていたかもしれない。結局、イアコボスが動いてよかったのだ。

 そう言うと、妹は冷たく眉をひそめた。


「あの時のカルローエにはそれくらいの発言権はありましたよ。そんな事を言われたとしてもこちらが味方につきますからね。少なくとも母親であるわたくしが」


 どうやら妹はエルピダとは違う意見を持っていたようだ。


「大体、当時のメラン一族がホンドロヤニスを放置しなければ、あの子があんな目に遭うことはなかったのよ。あの人達はお姉様が想像していたような事を言う資格なんかどこにもないわ」


 不機嫌そうにそう吐き捨てる。


 エルピダは素直に謝った。あの時の被害者の母親に言う言葉ではなかった。


「それにしても、あの時あんなに幼かったカルローエにもう子供がいるんだもんな。時の経つのは早いな」

「そりゃあ、あの頃赤ん坊だったクレオパスが、あの時のカルローエの年齢を越しているんだもの」


 レアンダーがさりげなく話題を変えてくれた。ソフロニアもそれに乗ったのでホッとする。


「そういえば、バシレイオスから連絡をもらったけど、クレオパスが囮になろうと考えているって?」

「そうなの。とりあえず、本人には保留と伝えておいたけれど」


 本当にあれを言われた時は弱った。無謀だから、と止めようとは思ったが、あの言い方だと分かっていて飛び込もうとしているように見えた。


「あと、今の保護者である獣人のカーロからは『何としても止めてくれ』と言われてるわ。何かあったらイアコボス父親に申し訳が立たないって」

「……クレオパスは成人しているんだよな?」

「あちらでは十六はまだ未成年だそうよ」

「そうだったな」


 レアンダーが苦笑している。きっと、カーロの態度はそれでも過保護に見えるのだろう。


「そういえば、そのイアコボスは?」

「この間発見された獣人の少女の保護が終わったところだから、そろそろクレオパスの所に行くのではないか?」

「そう。なら、イアコボスが止めてくれるのではなくて?」


 妹が何でもないように言った。それだけイアコボスは信用できるのだ。


 とにかく、まずは逃亡しようとしているルーカスを捕らえた上で、メラン一族当主にきちんと裁いてもらわなければならない。

 メラン一族当主にはきちんと話が通っているというのだからそれを信じるしかない。

 それでも大丈夫だろうかと少しだけ不安になる。子が可愛いあまり、判断が甘くなったりはしないだろうか。


 そう呟くとレアンダーは考え込む。


「そうは言っても彼は当主だから、それくらい分かっていて当然なはずだ。私だって、もしコスティスが似たような事をしたら、無罪放免にはしないよ」


 コスティスというのはレアンダーの一番上の息子で、シンガス一族の次期当主の事だ。

 確かにコスティスがそんな事をして無罪にしたら大問題である。真面目な彼は絶対にそんな事はしないだろうが。


「ああ、そういえばコスティスで思い出したけど、あいつはルーカスをものすごく嫌っていたな」


 それは初耳だ。つい妹と顔を見合わせてしまった。


「どうして?」

「『ああいうのは嫌いなんだ』で一点張りで。出来ればメラン一族には関わりたくないんだとまで言ってたな」


 また妹と顔を見合わせる。コスティスがそこまで言うのは珍しいのだ。彼はシンガス一族の次期当主として、なるべく嫌いな人を作らないようにしていると聞いている。


 初耳という事は公言しているわけではないだろう。でも、彼がプライベートな場とはいえ、他人を嫌いだと言うのは余程の事だ。


 なんだかまた心配になってきた。


 あちらに戻ったら一応バシレイオスと話し合っておいた方がいいかもしれない。エルピダはそっとそう考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る