第60話 家系図(前編)
「クレオパス、ちょっといいか? 少し個人的な話がしたい」
エルピダの側近がそう言ったのは、話も終わって少し落ち着いた頃だった。
「え? はい」
クレオパスは素直に返事する。この言い方は『席を外して二人だけで話そう』という意味だ。なので腰を浮かせる。部屋に案内すればいいだろうか。
「待って! クレオパスさんをどこに連れてくの!?」
ミーアが慌てたような声で叫んだ。
「少し部屋で話してくるだけだよ」
「ここでは話せないの?」
ヤバい話だと思われているのだろうか。瞳が揺れている。どうしたらいいのか、と考え視線を下に下げると尻尾まで不安そうに揺れていた。
「大丈夫だよ、この人は悪い人じゃないから。心配ならビオンを置いてくけど」
「でも密談するんでしょ?」
「密談じゃないよ」
「あたし達に話せない事をこそこそ話すのを『密談』って言うの!」
酷い言い草だ。落ち着いて、と言いたい。
「大丈夫だからね。多分そんな怖い話しないから」
「で、でも……」
ミーアは安心できないようだ。でも、うまい理由も出てこないようで困った表情を浮かべている。
「でも、何?」
「ク、クレオパスさんはこれから勉強なの! だから連れて行かれちゃ困るの!」
思いがけない発言に部屋中の視線がミーアに集まる。それが怖かったようで、ミーアは『ニャァ!』と悲鳴をあげている。
「勉強?」
「そ、そうです。獣人共通語の勉強があるんです!」
怖がっているらしく、耳が逃げ腰だが、しっかりとエルピダの側近の目を見て訴えている。
「話が終わったらきちんと勉強するから」
とりあえず逃げ道を塞いでおく。大事な話かもしれないのに聞けないのは困るからだ。
「絶対だからね」
ミーアはそう答えるのが精一杯のようだ。
その目はまだ不安に揺れていた。
***
結局、カーロがついていくことでミーアには納得してもらった。
ミメットが『お勉強の前に夕食食べなきゃいけないでしょ。待ってる間、お母さんとリルと一緒にお料理しようね』と言っていたのも効いたのかもしれない。『美味しいお料理作るから楽しみにしてて!』と言っていた。巻き込まれたリルは文句を言っていたが、それはどうすることも出来ない。
「クレオパスくんが獣人共通語を勉強してたなんて知らなかったワン」
カーロがしみじみとそんな事を言っている。
「え? ミーアさんから聞いてないんですか?」
「聞いてないワン」
それは意外だった。ミーアならきちんと報告すると思ってた。
とりあえずミーアの好意で獣人共通語を教えてもらえる事になったということを簡潔に説明する。
そんな会話をしている間、エルピダの側近は静かに何かを考え込んでいた。
「あの……?」
不安に思っておそるおそる話かける。
「クレオパスもここに馴染んでいるんだな」
「え? はい」
一応、と心の中で付け加える。馴染んでいるとはいえ、永住する気はない。クレオパスはまだ自分の夢を諦めていないのだ。
でも、ミーアはクレオパスが残る事を望んでいる。複雑な気分だ。
「クレオパスくんは考えすぎだワン」
カーロが苦笑いをしている。彼にはクレオパスが何を考えているのかわかっているようだ。もしかしたらミーアにああいう提案をされたことも見抜いているのかもしれない。
エルピダの側近も苦笑いをしている。彼が何を考えているのかは分からない。
「とにかく勉強するならしっかりやりなさい。やっておいて損はないだろうから」
この言葉には素直に『はい』と答えられる。勉強自体は嫌いではないのだ。ミーアの教え方も分かりやすい。
「ところで……お話って何ですか?」
とりあえず脱線している場合ではないので本題に戻す。
「クレオパスに見せたいものがあったんだ」
「おr……私にですか?」
見せたいものとは何だろう。何だか不安になる。心臓まで少しうるさくなり始めた。
「そ、そんなに身構えなくても……」
明らかに力が入っていたのだろう。エルピダの側近とカーロが苦笑している。おまけにカーロには『きっと怖いことはないからね』などと慰められてしまった。完全に子供扱いだ。
「これはメラン一族の当主様から預かったものだ。大事なものだから見るだけにしておきなさい」
「あ、はい」
大事なものと聞いてやはり心配になってくる。渡された紙を恐る恐る受け取った。
小さく折りたたまれていたが、クレオパスが手を触れるとわずかに魔力を吸い取られる感覚がして紙が開いた。どう考えても大事なものである。きっと、誰が見たのか判別しているのだ。記録もされているのかもしれない。
それはメラン一族の家系図だった。そこまで思ったより人数が多くないというのは、今、生きている者の記録なのかもしれない。
見るべきなのは自分の名前だという事は分かる。でも、何故突然家系図を見せられなくてはいけないのかはわからない。
暦を確認すると、十六年前のものだった。それでやっとクレオパスにも理由が分かった。
これはホンドロヤニスが処刑される前の家系図なのだ。
なんだか怖い。見たくない。でも、そんな事は許されないだろう。これはいわば『命令』なのだ。
うるさくなる心臓と速くなってしまいそうな息を必死でなだめながらホンドロヤニスの子供の欄を見る。
そして固まった。
「え?」
それしか言葉が出て来ない。
そこには『タキス』と書いてあった。
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