第58話 敵の敵は味方(後編)
『初めまして、ゴンザレスさん、ルーカス·メランです」
『……俺の名前はガストンです』
ガストンがそう言った直後にひっ、という声が聞こえる。これは彼の従者であるパウルの声だ。つまり彼が間違えて教えたのだろう。一番最初に聞いた言葉が、彼の『ああ、こんな部屋に閉じ込められるなんて』だったから、彼がその場にいるのは分かっている。
ちなみにパウルもルーカスと一緒に十歳のクレオパスを責め立てた一人である。なのでよく覚えている。
『パウル、どういう事だ?』
『も、申し訳ございません!』
パウルが謝る声が聞こえる。彼もルーカスの怒りは怖いようだ。
でも、これは怒られて当たり前だ。こういう所ではルーカスはまともなのだ。
きっと、ルーカスはクレオパスがいなければ良い当主になっていただろう。それがとても残念だ。
考え込んでいるように見えたのだろう。エルピダの側近がどうしたのか尋ねてくる。素直に答えると、彼は厳しい顔をした。
「誰かがいると良い当主になれないのなら、いなかったとしても良い当主にはなれませんよ」
厳しい意見だ。シンガス一族はこういう考えをしているのだろうか。それとも彼がシンガス家の当主一家に仕えているからこその意見なのだろうか。彼らに仕えられるような立場にいるということは、彼自身も相当高い身分にいるはずだ。だからこそのシビアさなのだろうか。
それにしても、パウルがガストンの名前を間違えたは良くない。
彼らに信頼関係などないのだろう。あるのは互いを利用しようとする気持ちだけなのだ。まだルーカスは丁寧に接しようとしていたからマシな方なのかもしれない。先ほどの会話の後も、パウルの無礼と狭い部屋で応対する事を謝罪していた。そこら辺はきっちりとしているのだ。
そんな事を考えたりしている間、ルーカス達は情報のすりあわせをしていた。つまり、クレオパスがした――実際にはしていない――事について確認をしているのだ。
よくもこんな口からでまかせが出てくるな、と逆に感心してしまう。話の中では獣人少女達は自ら進んで自活の為に働きに出ている事になっている。
ガストンの話す内容だけ聞いていると、まるで獣人が人間の支援がなければ暮らせない貧乏人達のように感じてしまう。
腹が立ってくる。リルも同じ気持ちのようで、小声でウーッ! と機嫌が悪そうに唸っている。
ルーカスは獣人と魔術師の関係を知らないのだろうか。魔力回復薬の元になる植物は獣人達の土地から輸入されているものだという事を知らないのだろうか。
普通なら、まさか当主のご子息が知らないわけないだろうと笑い飛ばすところだ。だが、ガストンの話を怒りを堪えながら聞いているのを聞く限り、何も知らないのではないかと思ってしまう。
これは良いことではない。
誰か、こういう大事な事を彼に教えてくれる人はいないのだろうか。そう考えてから、いないんだろうな、とすぐに結論を出す。いたらこんな風に騙されたりはしない。
本来なら、これに気づいたクレオパスが伝えるべきなのだろう。だが、ルーカスに関わるのはまだ怖い。
下を向いて小さくため息を吐く。途端に同情するような目線がクレオパスに降り注いだ。心配してくれるのは分かるが、申し訳ない気持ちになってしまう。
「すみません、大丈夫です」
それだけを言う。
魔道具の向こうの話――録音したものだが――は、ルーカス側の話になっている。
話の途中でカーロ達が帰ってきたので一緒に聞く。
ルーカス達は嘘は言っていない。だが、だからこそ聞くのが辛い。
とはいえ、これはクレオパスの犯した罪の話ではない。ホンドロヤニスの話だ。ルーカス達は彼の名は呼ばずに『クレオパスの父親』と言っているが。
おかげで獣人家族が『どういう事!?』という目をクレオパスに向けて来た。きっと、彼らはルーカスが話している『クレオパスの父親』と師匠を同一人物だと勘違いしている。
「……違う……人……だから」
動揺しているのだろう。声が震えてしまった。
「違う人ってどういう事?」
リルが責めて来る。
「続きを聞けば分かりますよ、リルさん」
ビオンがフォローしてくれる。主人と違ってこちらは冷静だ。リルは少し不満そうにしていたが魔道具に視線を戻す。ミーアの方は既に真剣な表情で魔道具を見つめていた。
『そうして魔力のないか弱い者を傷つけようとした報いとして、あの男は処刑されました』
ついにルーカスが決定的な一言を言った。その言葉にカーロとリルが口をぽかんと開け、ミメットが口を手で覆い、ミーアが息を飲んだ。クレオパスはどう反応したらいいのか分からずうつむく。同情の視線は見たくない。
『問題はここからなんです、ガストンさん』
ルーカスの言葉に首をかしげる。いきなり『問題はここから』と言われても話の流れがさっぱりわからない。大体その問題とは何だろう。ガストンにも分からないようで『問題?』と復唱している。
『あの男の父親は処刑の前に、当時の当主、僕の祖父に言ったそうです。『息子がきっと自分の無念を晴らしてくれる』と」
そんな事はクレオパスも初耳だ。これは本当の話なのだろうか。六年前のルーカスからもそんな事は聞いていない。
言わなかったのはどうしてだろう。クレオパスがホンドロヤニスなんかの無念とやらを晴らしてやろうと考えると本気で思っているのだろうか。
だから、クレオパスは今まできつく当たられていたのだろうか。
とんだとばっちりだ。身に覚えがないからたちが悪い。
でも、それは捨て台詞に過ぎない。そこまで気にする事なのだろうか。少しだけ馬鹿馬鹿しく思える。
ため息を押さえる為にミメットが用意してくれた薬草茶を口に運ぶ。
『その言葉が魔力に乗っていなければ気にしなかったんですけどね』
その言葉に、お茶を吹き出しそうになる。そして『何だそれ!?』と叫びたいのを必死に我慢した。
パウルが『ルーカス様!』と咎めるような声を出している。その後で『すみません。気にしないで下さい』とルーカスが言ったので、口が滑って喋りすぎたのだと分かる。
こんな話は初耳だ。もしそれが成功していたら大変な事である。
大丈夫か、と心配になり、ホンドロヤニスについて軽く考えてみるが、『無念を晴らす』なんていうことは考えられない。大体あれは無念などではない。当然の報いだ。
そう思えるなら大丈夫だろう。多分、だが。
魔力のない獣人家族やガストンにはルーカスの言葉の意味は分からない。なので獣人達は首を傾げているし、ガストンはわけが分からないというような声で『え?』と言っている。
どうやら向こうはガストンが理解出来ないのならそれでいいようだ。『とにかく魔術師にとっては大変な事なんです』などと誤摩化しているが、それで納得出来るわけがないだろう。
「……意味が分からないね。お姉ちゃん分かる?」
「全然。あ、でも、あとでクレオパスさんに聞けば分かるんじゃない? クレオパスさんならきちんと説明してくれるだろうし」
こちらでは獣人姉妹がこそこそとそんな事を話している。その後でミーアがクレオパスの顔をじーっと見てくるので、とても分かりやすい。分かった、というのを示すためにうなずいて見せる。
ただ、こちらの方はそれでいいが、何も話してもらえないガストンは『そうですか。分かりました』と言うしかない。それがとても哀れで滑稽だ。
とりあえずクレオパスがそういう理由で自分たちに『逆恨みの復讐』をするかもしれないので危険なのだ。ルーカスはそうまとめて話を終わらせた。
それから少しだけ、脱出について話をし、ガストン達は外に出て行ったようだった。
深いため息を吐く。一気にどっと疲れが出たような気がする。そんなつもりはなかったが、無意識に肩に力が入っていたのだろう。
「大丈夫ですか? クレオパス」
エルピダの側近が心配してくれる。クレオパスは『はい』とだけ答えた。
それ以外、何を答えられるのだろう。今はクレオパスが憎い二組が手を結んだのだ。ルーカスを脱獄させたらクレオパスを排除すべく、すぐにでも行動を起こすのだろう。
「クレオパス、さっきのホンドロヤニスの件は気にしなくてもいいからな」
エルピダの側近がそう言ってくれる。敬語を取り去ったのは上の身分の者として話してくれているのだろう。
「分かってます。大丈夫ですから」
慰めてくれなくてもいい。言葉にそういう気持ちを込める。
エルピダの側近は困ったように小さなため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます