第57話 敵の敵は味方(前編)

 いつものようにミーア達をキュッカの家に迎えに行き、家に帰ると、玄関前にエルピダの側近の一人が立っていた。リルは普通に挨拶をしているが、ミーアはまだ怖いようで妹の背中の陰で無言でお辞儀をしている。


「どうかしたんですか?」


 彼がエルピダなしで来るのは珍しい。なのでついそう聞いてしまう。


「少しお耳に入れた方がいい事がありまして」

「獣人誘拐関連ですか? それともルーカス様の?」

「両方です」


 その返答に思わず身構える。どんな内容だとしても、重いことには変わりはない。クレオパスは反射的に防音魔術を詠唱した。エルピダの側近がお礼を言っていたので上手くいったのだろう。


「どういう事ですか?」


 あの一言だけではよく意味が分からないので素直に尋ねる。


 誘拐犯が動くのは分かるが、ルーカスが簡単に脱獄出来るとは思わない。当主が息子可愛さに逃がしたりしなければ、だが。


「昨日、ルーカスさ……いや、敬称をつける必要はありませんね、ルーカスに獣人奴隷商人が接触しました」


 その言葉に三人は息を飲む。


「どういう事ですかワン? ワン! ワワン! ワン!」

「リ、リル、落ち着いて。お、おおお客様に吠えちゃだめよ」

「お姉ちゃんも震えてるよ!」


 獣人姉妹が騒ぎ出した。これでは話が出来ない。


「二人とも大丈夫? おれたちが移動して話してきた方がいい? 後でちゃんと説明するから」


 ついそう声をかけてしまう。でも、きっと彼女たちの側を離れない方がいいのだろう。クレオパスのいない隙に何かがあったら後悔どころではない。


「あ、あの……ど、どうぞお入りくださいニャ。い、家で話せばいいと思いますニャ」


 ミーアも同じ事を考えたのだろう。震えながらもエルピダの側近に声をかける。人間が苦手な彼女にとって、これはものすごく勇気のいる事だ。


「いいの? 大丈夫?」

「う、うん。平気」


 明らかに緊張した面持ちでそんな事を言っている。最後に小声で『頑張る』と言っているのが不安だが、信じるしかない。


「そうだよ! リル達の前で話してよ。気になるでしょ!」


 リルは厳しい表情と声でそんな事を言う。内緒話は許さないようだ。


「でもカーロさん達の許可……」

「リルが話してくる!」


 そう言うが早いか、リルはさっさと畑の方へ走っていく。クレオパスは急いでビオンに追いかけるように命じなければならなかった。



***


「それで、誘拐犯さん達がクレオパスさんより強い人間さんを仲間にしたって本当ですかワン? 詳しく説明して下さいワン」


 リルが開口一番にそう質問した。遠慮がない。そして、クレオパスへの話だったはずなのに彼女が場を取り仕切り始めるのはどういう事だろう。


 でもそこを指摘できる雰囲気ではない。ミーアも真剣な表情でエルピダの側近を見ているのだ。


 そして、『クレオパスさんよりも強い』という言葉がクレオパスの心を苦しくさせる。間違いなくその理由で二人はこんなに真剣なのだ。実力があんまりなくてごめんなさい、と心の中で二人とその両親に謝罪する。


「そうですね。仲間にしたというか、互いに利用しようとしているというか。とにかくルーカスを逃がした上で協力して動こうとしている事は確かです」

「そ……」

「どうしてそんな事を知ってるんですかワン? 誰か見たんですかワン?」


 やはり、リルがこの場を取り仕切っている。とりあえず、しようとしていた質問を遮るのはやめて欲しい。


 自分はなんとも言えない表情でもしているのだろう。ミーアが軽く同情するような目を向けてくる。だが、『リル、やめなさい』と言わないのはきっと大事な質問だと分かっているからだ。


 ここにカーロかミメットでもいれば少しは違っただろうか、と思うが、二人はここにはいない。リルが戻って来るときに誰がいるか確認には来たが、エルピダの側近の姿を確認すると、後をクレオパスに任せて戻っていったのだ。信用しても大丈夫だと思ったのだろう。とりあえず何かあったらすぐに知らせに行くとは言っておいた。

 ただ、少し案じるような目で見られたのが気になる。何だか今回は自分の娘達よりクレオパスの方を心配しているようだ。


「はい。メラン家の当主の許可をいただいて、ルーカスが捕らえられている部屋に音声記録魔術を施してあります。もちろん、ルーカスはこの事を知りません」


 エルピダの側近の言葉に、やっぱりか、と心の中でつぶやく。ルーカスは殺人未遂犯である。それくらいの対処をしていなければおかしいのだ。


「だったらどうして捕まえないんですかニャ? その人間さん達は悪いことしようとしているんですよねニャ」


 今度はミーアが質問する。


「泳がせているんですね?」


 確信を持って言った。すぐに『はい』という返事が返って来る。


「どういう事ですかワン?」

「きっとまだこっそり接触だけして脱獄はさせてないんだと思う。それでミュコスでの罪状がつけられないんだ。だから脱獄させようと動くのを待ってから捕らえようと考えているんだよ。……そうですよね?」


 リルに説明してから、それが正しいのか一応確認する。クレオパスの仮説が間違っていたら恥ずかしい。エルピダの側近がうなずいたのでほっとする。


「証拠の音声は聞けますか?」

「はい。クレオパスに聞かせていいと当主様から許可もいただいております」


 その言葉につい身構えてしまう。彼にとっての当主は間違いなくシンガス家当主のレアンダーだ。他国で言えば『国王』に匹敵する方だ。そんな方の許可が下りているということはクレオパスを緊張させるのに十分だった。


 でも、ゆっくりと考えれば無理もないことなのだ。ホンドロヤニスの件で、メラン一族はシンガス一族の監視下に置かれている。


 聞きたいか、と改めて問われる。クレオパスは間髪入れずに『はい』と答えた。すぐに箱形の魔道具が目の前に現れる。

 リルは素直に目を輝かせた。ミーアはいつものように怯え、妹の側で震えている。


 エルピダの側近が魔道具を動かすのを、クレオパスは食い入るように見つめた。

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