第56話 可哀想な邪魔者

 クレオパス·メランという男は一部の者に嫌われているようだ。それも遠くの者ではなく近くの者に、特に同じ姓を持つ者に嫌われている。それも、『出自』という自分ではどうしようもない理由でだ。


 それは同情すべき事なのだろう。だが、ガストンにはそれは出来ない。クレオパスは自分にとっても目障りな男なのだ。クレオパスがいなければ、自分が所属している組織は壊滅寸前になることはなかった。


 自分のしている事が『犯罪』という類いのものであるという自覚はある。人身売買は立派な犯罪だ。

 たが、相手は人間に近い容姿をしているが、元をたどればただの獣だ。そういう『もの』を売って何が悪いとも思う。普通のネコやイヌやウサギなら愛玩用として売買されているのだ。それと何が違うのだろう。


 大体、ああいうものは自分達が管理してやらなければ危険なのだ。数年前に、売ろうとしていた灰色猫の獣人娘が船の上でガストンの仲間を引っ掻いたという事件があった。幸い、その仲間に傷跡は残らなかったが、酷い目に遭ったのは真実だ。

 そして、クレオパスと関わっている獣人少女に接触に行った男は、犬の方の少女に腹を激しく蹴りつけられたという。


 獣人というのは乱暴な生き物なのだ。だから自分たちが何をしたって責められないはずだ。


 それに、獣人少女を物色する課程で弱々しい娘の家から作物がただで手に入れられるというラッキーなおまけがついてくる事だってある。魔力というものを回復させる機能のある植物も手に入るので、遠くのそれが手に入らない地域で売ってぼろもうけすることが出来るのだ。

 灰色猫獣人に引っ掻かれた仲間は、慰謝料代わりだとうそぶきながら、彼女を売った後もこっそりと奪っていたようだ。


 獣人達は自分達にとっていいものばかりをもたらしてくれる。暴力を振るわれるのはいただけないが。


 だから、それを邪魔するクレオパスは敵である。


 大体、あの最近、誘拐や仲間内の連絡などに使っている便利な魔術の石が動かなくなったのだ。きっとクレオパスが何かしたに決まっている。

 それからどんどん仲間が捕まっていった。ガストンだって名前を変えて潜伏しなければ動けなくなってしまったのだ。こんな事は許せない。


 今、自分は『隠し通路』と言われている所を歩いている。先導しているのは良い身なりの男。今から会いに行く人物の従者なのだという。名前はパウルとか言っただろうか。


「まったく。あの男には困ったものです」


 パウルがため息を吐く。心底うんざりした口調だ。


 この男とは、クレオパスの情報を集めている時に知り合った。本当にクレオパスには敵が多い。裏を探れば彼に不満を持つ者がわんさか出てくる。


 パウルには嘘を吹き込んである。自分達は貧しい獣人の少女の出稼ぎの支援をしているだけなのに、獣人少女の可愛さにメロメロになったクレオパスに人身売買と言いがかりをつけられていると。そして偉い人を味方につけ、組織を不当に潰そうとしていると。

 あいつのせいで仲間がたくさんえん罪で捕まってしまった、と悲しそうな表情で訴えておいた。

 捕まったのは本当だが、彼らはただの罪人である。嘘というのは真実を少し混ぜれば本当っぽく聞こえるのだ。


 パウルはすぐに憤った。元々が単純な性格なのかもしれない。それとも彼の主人――名前は忘れた――がクレオパスを陥れようとして失敗し、屋敷に軟禁されているのも彼が焦る要因なのかもしれない。


 とにかくクレオパスを憎く思う者同士で気があったのだ。


「大丈夫ですよ。ルーカス様なら、クレオパスを裁いた後にあなたの仲間も助けてくれるはずです」


 そう言ってくれるのはありがたい。ついでに主人の名前を言ってくれたのもありがたい。ルーカス、と頭の中で何度も復唱して忘れないようにする。

 でも実際問題、無理だろうと彼は思っている。国をあげてしっかり調査されてしまっているのだ。自分も、現在雲隠れしているボスもいつかは捕まってしまう。


 でも、だからこそ、自分達の商売を邪魔したクレオパスには一矢を報いなければ気が済まない。

 その騒ぎの中で、彼に関わった獣人姉妹も最後の稼ぎにしてしまおうと考えている。基本的に、失敗した場合には深追いしないのだが、今回は仕方がない。獣人姉妹にはせいぜいクレオパスと関わった事を後悔してもらおう。ミュコスがあるのとは別の大陸に連れて行ってしまえば足だってつきにくい。そんなことを考えながら男の後についていく。


「ただ、ルーカス様を解放するのは手伝ってくださいね。魔力のない人間でもそれくらいは出来るでしょう?」


 そんな事を言われイラッとする。このミュコスの民というのは、国民のほとんど全員に魔力があるからか、その事を驕っている。魔力のない人間にはそれが腹立つのだ。


「はい、もちろんですとも!」


 でもそんな態度は見せない。自分は彼にとってはただのよそ者だ。とりあえず心の中だけで舌打ちをした。


「ま、今日は顔合わせと軽い下見だけなのですぐに終わらせます」

「はい」


 そんな悠長で大丈夫なのかと思わなくもないが、自分の方が立場が低いので大人しく従っておく。


 そんな事を話しているうちに長い通路は終わり、二人は一つの小さな扉の前に立っていた。この中にルーカスとやらが閉じ込められているのだろう。

 この扉は開くのかと心配になる。幽閉なのだから扉という扉が施錠されていなければおかしい。


 不安そうな顔をしたからだろう。パウルが鼻で笑った。


「ここは隠し通路ですよ。一部の者しか知らないはずです。大体、この前も普通に開きましたから大丈夫です」


 そういうものなのだろうか。なんだか不安だが、今は信じるしかない。


 パウルが扉に手をかけようとすると、中の方で何かが鳴る音がした。なんだか天井がきしむような音だ。


「ああ、こんな部屋に閉じ込められるなんて……」


 パウルが悔しそうに拳を握っている。何も言わないが、この後に続く言葉は『クレオパスさえいなければ』だろう。ここは倉庫のような粗末な部屋なのだろうか。


 どこか言い様のない不安がわいてくる。でも、今更やめることは出来ない。覚悟を決めるより他はないのだ。


 でも、もしもの時はなんとか逃げられる心づもりでいよう。そんなことを考えながら、大きな音を立てて開く扉を見つめた。

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