第54話 傷ついたクレオパス
「おれは……あの時……殺されかけてたって……こと……ですか?」
まだ動揺する心を抑えながら必死で言葉をつむぐ。でもそれを言葉にすると余計に重い物がのしかかっている感じがする。
「大丈夫?」
エルピダが気を遣ってくれる。でもクレオパスには作り笑いをする余裕もなかった。
「ど、どうう事ですワン!?」
ドアの向こうで声がした。続いて『ぐぐっ! ウゥー!』というぐもった声が聞こえる。そちらを見ると、気まずそうに目をそらしているフランクとミーア、そしてミーアに口を押さえられてバタバタ暴れているリルがいた。
これはどういう状況だろう。かろうじて分かったのはクレオパスのあの重い言葉を聞かれたということである。
「ミーアさん、リルさん、フランク……」
よく分からないまま三人の名前を呼ぶ。ミーアがびくりと震えた。
「ご、ごめんなさい! 聞くつもりじゃ……。ごめんなさい」
ニャウ……、と小さく鳴きながら耳をぺたんとしているミーアを見ると自分の方が悪い事をしているように思える。実際しているのだろう。こんなとんでもない話をまだ十五にもなっていない少年少女に聞かせてしまったのだ。
ああ、自分はとても悪いヤツだ、と自己嫌悪が湧いて来る。
「その……おれこそ……ごめん……」
「ニャ、ニャオニャオ……」
二人で気まずくなっていると拘束から逃れたリルがこちらに寄ってくる。そしてクレオパスのほっぺや腕をペタペタと触った。そしてほっとため息をつく。
「リルぅーー」
ミーアが低い声を出して叱った。
「だってちょっと確認したかったんだもん!」
「失礼よ! もうっ!」
何が失礼なのだろうか。クレオパスにはよく分からない。なんだか頭がぼんやりしている気がする。
「クレオパス、大丈夫?」
「分かりません」
エルピダが心配してくれるが、そんな返事しか出来ない。
「ニャ……ニャーオ!」
何故か人間が苦手なはずのミーアが側に来て、エルピダに向かって何やら鳴いている。なんとなく抗議しているように聞こえるのはクレオパスの錯覚だろうか。
「ミーア、やめなさい」
「ニャーオ! ニャーオ!」
どうしてミーアはこんなに必死で鳴いているのだろうとクレオパスは人ごとのように思った。
「ミーアさん?」
「ミャアミャア……」
何だかミーアが泣きそうだ。
「ミーアさん、ちょっとそこをどいてくれないかし……」
「嫌ですっ!」
「ミーア!」
「だって、クレオパスさんにこんな事して!」
ミーアはどうしてこんなに怒っているのだろう。
「落ち着かせるだけだから。でないと話も出来ないもの。ミーアさんもこのままじゃ嫌でしょう?」
ミーアが悔しそうにうなずいた。場所は空けたが、クレオパスの側は離れない。
すぐにエルピダの魔術がクレオパスを包む。心の中の霧がとれすっきりした感覚がする。これは精神安定の魔術だ。
「ありがとうございます。すみません、ぼんやりとしてしまって。その……現実を受け止めるのに時間が……かかって……その……」
「私こそごめんなさい。てっきりあなたも気づいていると思っていたの。あそこまで話しておいて隠すわけにもいかないし」
エルピダが心底申し訳なさそうに詫びてくる。クレオパスは小さく苦笑いを漏らした。
「あの方は……あそこまで馬鹿でしたかね?」
「馬鹿だったのではないの?」
ストレートに言ったのにエルピダまでそれを認めている。一族の次期当主がそんな風で大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫ではないだろう。
記憶操作はよほどの事がない限り使ってはいけない魔術に分類されている。これは魔術史で習った。この術を作り出した本人が『これは禁術になるだろう』と言っていたらしい。だったら何故そんなものを作ったのか作った本人に問いたいとずっと思っている。雲の上のお方相手なので会うのも無理なのだろうが。
「クレオパスさん、大丈夫? 生きてる?」
リルがどストレートに変なことを聞いてくる。そういえばさっき『おれは殺されかけた』と言った覚えがある。
「何だよ。リルさんにはおれがオバケにでも見えんの?」
安心させるために冗談めかしてそんな事を言ってみる。
「み、見えないけどさ。とりあえず確認?」
「確認って……。今まで接してきたのは何だったんだよ」
つい呆れ声が出てしまう。でも、きっとリルも戸惑っているのだろう。それくらい重い話だ。それでもそんな事を言われると気が抜けてしまう。
「説明、した方がいいですか?」
獣人達に向けて尋ねて見る。みんなは一斉にうなずいた。なので『かなり重い話ですが』と前置きをして先ほど思い出した記憶を説明する。
彼らの反応は予想通りだ。あまりにとんでもない話に息をのんだり口を手で覆ったり口をあんぐり開けたりしている。
「ひどい!」
最後まで話し終えると、ミーアがそうつぶやいた。
「最後に放った修正が多少なりとも効いていた事が不幸中の幸いでしたけ……」
「そういう問題じゃない!」
補足してみたが、カーロに怒鳴られただけだった。リルもぷるぷると拳を握りしめている。
「ワン! ワン!」
そして何故か吠える。確かに怒る案件だろうが、何故ここまで、と思ってしまう。
「え、えっと……カーロさん? リルさん?」
「真っ白だったんだよっ!」
「は?」
リルにわけの分からないことを怒鳴られてぽかんとする。
「真っ白って……何が?」
「……倒れていたクレオパスくんの顔色……真っ青を通り越して真っ白だった」
カーロが補足してくれる。
「家までもったからそこまでではなかったんだろうけど……でも……」
そう言って言葉を切る。その続きはクレオパスにもわかった。冷や汗が流れる。
おれ、本当に死にかけてたんだな、と心の中だけでつぶやく。それでリルが先ほど体をペタペタ触ったり、生きているのか確認したのかがよく分かった。
「それほどか……」
つい乾いた笑いが漏れてくる。
ミーアが何故か頭をなでてきた。別に泣きたい気持ちにはなっていない。でも肉球が頭に触る感触は気持ちいい。一応エルピダに魔術をかけてもらって気分は落ち着いたはずなのにどこか自分がおかしくなっているような気がする。心の奥底はまだ弱っているのだろうか。
でもこんな気持ちでいるのは自分が変態みたいだ。
「それで、ルーカス様は、今は……」
急いで気持ちを切り替える。ルーカスというのは当主の長男の名前だ。苦手なので名前もあまり思い出さないことにしているが、覚えてはいる。
「今は自宅軟禁中。さすがに父親である当主も庇えないようよ」
まあ、妥当な判断だろう。エルピダは『軟禁』と言ったが、もっとわかりやすく言えば当主の屋敷の地下牢に『投獄』されているということだ。
間違いなくルーカスは怒っている。そしてクレオパスを逆恨みでもしているのだろう。彼にとって自分は『生きるべきではない者』なのだから。
おれはどれだけ恨みを買うんだろう。そう思うと口からまた乾いた笑いが漏れた。
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