第52話 もう一つの問題
獣人姉妹がフランク達を見送っている時、クレオパスはエルピダと向き合っていた。
とは言っても、エルピダの側には侍女や護衛と言った側付きが、クレオパスの側にはカーロとミメットがいる。カーロ達はクレオパスがあまりにも真剣な表情をしているのを見て気になったのだろう。
「どうしたの? 何か相談?」
エルピダがおっとりと尋ねてくる。きっと彼女は話の内容を予測しているだろう。これはいわゆる形式なのだ。
「エルピダ様は、先ほど話したレトゥアナ王国の問題以外に、私自身の問題があるとおっしゃっておりましたよね?」
前置きを飛ばして本題に入るクレオパスにエルピダは苦笑した。
「あなただけの問題ではないわ。メラン一族全体の問題よ」
「メラン一族全体の……?」
ただ繰り返す事しか出来ない。
「クレオパスも知っているでしょう。当事者なのだから」
「当事者……ですか?」
また繰り返してしまった。でも、本当に心当たりがないのだ。自分の行動でメラン家に迷惑をかけてしまったのなら師匠にも当主にも申し訳がたたない。
「心配する事はないわ。今回の件はきちんと問題にして、メラン家当主にも責任を負ってもらいますからね」
何だかクレオパスの知らない話が大事になっている。
「申し訳ありません。何の話をしていらっしゃるのでしょうか?」
「だからあなたのこちらへの転移の原因について話しているのよ」
「え……?」
その言葉にクレオパスは言葉を失った。心臓が他の人に聞こえるくらい大きな音で打ち始めた。それにあわせているのか呼吸まで大きな音がする。おまけにどちらも何だかスピードがはやい。
まさかクレオパスが転移魔術に失敗して獣人の土地に飛んでしまったことで、メラン一族全体の魔術の実力が低いと思われてしまったのだろうか。師匠はその事情徴収に呼ばれて忙しいのだろうか。
そうだったらとんでもないことだ。だとしたらなんとか弁明しなければいけない。魔術の実力の低い自分が何を言っても聞いてもらえないかもしれないが。
「あ、あの……今回の失敗はおれじし……いえ、私自身の問題でございます。獣人様方に迷惑をかけた事も反省しております。ですからどうかメラン一族全体に連帯責任を負わせないでください!」
このままでは一族がまた惨めな立場になってしまう。ホンドロヤニスの件で今のメラン一族のイメージは最悪なのだ。これ以上は勘弁して欲しいし、その原因があの男と直接血がつながっている自分だというのも嫌だ。
そんな事を考えながら必死に懇願する。自分たち一族の未来がかかっている。ここで引くわけにはいかないのだ。
自分のイメージはどれだけ悪くなってもいい。魔術に失敗して獣人達にまで迷惑をかけた馬鹿な男。そう思われればいい。でも一族の名誉は守らなければいけない。
「……クレオパス、あなた何を言っているの?」
だが、エルピダはクレオパスを責めなかった。それどころか唖然としたような表情だ。自分は別に変な事は言っていない。
「ですから、今回の事は私に全責任があると言っているのです。他の方々は関係ありませんから」
「だからどうしてあなたが謝罪する必要があるの。あんな目に遭ったのに!」
あんな目とはどんな目なのだろう。大体、どうしてエルピダはこんなにかばってくれるのだろう。
「それじゃあおれが被害者みたいではないですか」
「被害者でしょう、どこからどう見たって! 怒り狂ったイアコボスをなだめるのが大変だったんですからね!」
「師匠が怒り狂ってる? おれはそれだけの事をしてしまったんですね?」
「だからあなたは被害者だって何度言えば分かるの!」
何かがかみ合わない。ただのクレオパスの失敗なのにどうして『被害者』などと言われているのだろう。わけが分からない。
混乱していると、エルピダの側近が何かに気づいたように彼女に耳打ちする。その言葉を聞いたエルピダは険しい顔をした。そうしてクレオパスに改めて向き合った。
魔術を使われている気配がする。エルピダなら気配を悟られないように術を使うことも可能だから、わざと知らせてくれているのだろう。魔術の種類は詳しくは分からない。かろうじて解析系だというのは分かった。
「なんてこと……」
エルピダが静かにつぶやいた。その声にはどこか怒りが含まれている。
周りを見るが、エルピダの側近は何かを悟ったようにクレオパスに同情的な目を向けてくる。とてもいたたまれない。
「あの……?」
どうしたらいいのか分からず声をかけると、エルピダはそっとため息をついた。
「クレオパス。自分に解術をかけてごらんなさい」
「解術……ですか?」
「ええ。そんなに強くなくてもいいわ」
解術とはその名の通り、人にかけられた魔術を解く術である。でも、自分にかけるというのはめったにない。
一体何があったのか気になるが、きっとエルピダの言うとおりにすれば分かるのだろう。
クレオパスはすぐに呪文を詠唱する。魔術式がするりと自分の中に入るのを感じた。そうして奥に入り込んでいた魔術式を引き剥がしていくのを感じる。
その瞬間、クレオパスは自分の記憶に覚えのなかったはずのパズルのピースがはまっていくのを感じた。
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