第51話 修羅場

「フランクくん。また遊びに来てくださいねワン」

「ありがとう、リルちゃん。ここに来る時にはまたミーアに伝えるから」」

「じゃあ次来るときはジャーキーいっぱい買っておきますワン。楽しみにしていてワン」


 フランクと妹が仲良くお喋りしている。

 彼はミーア達の家によく遊びに来るようになった。クレオパスにビオンの話を聞くためだと言っているが、明らかに来すぎだ。そして何度も見ていればその目的が誰なのかは分かってしまう。


「リル、かまわなくていいからね」

「それはひどいよ、お姉ちゃん! イジワルはダメ!」


 苦言を言ってみるが、こちらが笑顔で叱られてしまった。そしてリルはまたフランクとおしゃべりを始める。本当に仲良くなったものだと、ミーアはそっと苦笑した。


 その横をアマーリャが呆れ顔で通り過ぎようとした。


「あの……今日はありがとうございました」


 思い切って声をかける。アマーリャはどこか複雑そうな顔をしている。困っているようにも、怒っているようにも見える。そんな表情をしている理由をミーアが知っている事などアマーリャは気づいていないだろう。


「たまたま通りかかっただけだから」

「でも、……アマーリャさんの機転があったからクレオパスさんは助かったって言ってます」


 どうやらアマーリャはわざわざ靴を脱いで足音が近づいているみたいに聞こえるように地面を叩いてくれたらしい。そんな話を先ほどクレオパスとしていたのをミーアは聞いていた。


「獣人には本来靴っていうのは窮屈なものだからね。裸足の方が楽なんだよー。こういう時くらい役立ってもらわないと」

「……何言ってるんですか」


 照れ隠しなのか、変なことを言い出した。ミーアが呆れ顔をしているとアマーリャは朗らかに笑った。


「じゃあ行くわね。あの坊やにはあまり無茶しないように言っておいてね」


 そう言い残して、アマーリャはさっさと自分の家に帰っていった。


 確かにクレオパスは結構無茶をする。不思議な力を使って疲れているのに、悪者を追跡しようとしたりするのだ。


 気をつけて見ていないといけない。もし体を壊したら彼の両親に申し訳ないと心の中で勝手に言い訳をする。


 リルの方を見るとまだフランクと仲良く話している。それも、何故か今までにリルが買ったジャーキーの話だ。ミーアはそっとため息を吐いて二人に近寄った。


「ねえ、フランクくんは帰らなくていいの? ご両親心配してるんじゃない?」

「なんか偉い人間さんが来たから、近々お父さんが挨拶した方がいいのか一応聞いとこうと思って」

「それでエルピダさん待ってるの? 街のお偉いさんの息子さんは大変ね」

「まあね」


 なんだか偉そうな態度だ。それにミーアはついカチンと来てしまう。大体、イヤミが通じてないところが余計に腹立つのだ。


「でも、エルピダさんはまだ帰らないと思うよ。さっき、クレオパスさんに呼び止められてたもん」

「ニャッ!?」


 リルの言葉に思わずミーアは声をあげた。唇がわなわなと震える。クレオパスがエルピダの事を絵本に出て来るお姫さまに例えた時と同じもやもやがミーアの心を支配した。あの時はミーアの誤解だったのでほっとしたが今回はどうだろう。


「な、何の用だっていうの?」

「リルがそんなこと知るわけないじゃん。パパ達もいるし大丈夫だよ」


 両親がいれば確かに安心だ。でもそういう事ではない。


 エルピダの事をクレオパスはことさら丁寧に扱っていた。偉い人に対してだとしてもオーバーすぎる気がするのだ。ミーアはフランクの父親にあんな態度はとらない。

 もし、ミーアの心配が当たっていたら何をしても自分の想いはクレオパスには届かないのかもしれない。

 違うっ! クレオパスさんは熟女趣味なんかじゃない! 年下のチビスケの事だってきちんと見てくれるはずだ! と必死に心の中で自分に言い聞かせる。


「お姉ちゃんはいつも心配しすぎなんだよ、この間だって……」

「フランクくぅん!」


 リルが文句を言い始めている最中にお邪魔なぶりっ子声が響いた。心の中だけで『げ』と不満を漏らす。

 シピだ。彼女はフランク大好き猫獣人だから来たことに疑問はない。おおかたミーアとリルがフランクと仲良くしているのが気にくわなくて邪魔をしに来たのだろう。


「あれ、シピ、どうしたの? うちに何か用だった?」


 でも表面は穏やかに優しく問いかける。社交辞令というやつだ。


「あんたに用はないの。私はフランクくんのお迎えに来たんだから」


 そう言いながらシピはフランクの側に寄ろうとしたが、さりげなく避けられている。


「ぼくは一人でも帰れるから大丈夫だよ、シピ」

「で、でもこの犬に何かされるかもしれないし危険でしょ?」

「ワン? リル何もしないワン!」


 突然巻き込まれた妹が慌てて弁解しているが、そんな事はミーアもフランクもきちんと分かっている。ただのシピの言いがかりなのだ。


「フーッ!」


 尻尾を膨らまし、表情で思い切り不満を表現する。


「な、何よ、ミーア」

「シピ、あたしの妹いじめたら引っ掻くわよ」

「いじめてなんかないわよ! 大体、犬なんかが猫獣人と仲良くしているのがおかしいのよ! 犬獣人は乱暴だってみんな言ってるもん!」

「ら、乱暴じゃないですワン! 濡れ衣ワン!」

「リル、気にしなくていいの」


 あわあわとしている妹を必死になだめる。もちろん、なんて事を言うんだと責める視線をシピに向けるのは忘れない。


「ぼくだってどこに行くのかくらいは自分の意志で決められるよ! ぼく、ここに来たいから来てるんだよ!」

「そうだよね、リル達友達だもんねワン」

「え? う、うん」


 ようやくリルに笑顔が戻った。なのに、フランクは『友達』という言葉に抵抗があるようだ。理由は分かるが、シピの前なのだからこういう態度はやめて欲しい。


「ほら、なんか嫌がってるわ! フランクくんだって猫獣人といたいのよ!」

「え、えっと……?」


 リルがまた責められて戸惑っている。フランクのせいだ。なのでしっかりと横目で責めておく。


「リル、家戻ろっか」

「う、うん」


 どうしたらいいのか分からないのか、助けを求めるようにミーアとフランクを交互に見ているリルに声をかける。とりあえずここから離れた方がいい。シピの悪意に可愛い妹をこれ以上晒したくないのだ。


「えっと、フランクくんはどうするんですワン?」


 なのに、リルは思い切り地雷を踏んでいる。妹はシピの悪意にそんなにダメージを受けなかったのだろうか。それならいいと少し安心する。

 どこかシピの目が尖ったような気がした。フランクも戸惑っている。


「どうするって?」

「ほら、エルピダさんに用があるとか言ってたじゃないですかワン。だったら家の中でクレオパスさんのお話が終わった後で話せばいいワン」


 そういえばシピに絡まれる前にそんな事を言っていた気がする。フランクもどうやら忘れていたらしく、『あ……』などと言ってる。本当に大丈夫だろうか。


「じゃあシピ、バイバイ。また学校でね」


 帰れ! という意味を込めてそう挨拶する。


 そうして二人の後について家に戻る。そうでないとまたどちらかが絡まれて面倒になりそうだと思ったのだ。

 家に入れば安心だ。家には両親もクレオパスもいる。安全圏に入ったという感じがするのだ。


 だが、その安心感はリビングのドアを開けた途端に吹っ飛んでしまう。


「つまり……おれは……あの時……殺されかけてたって……こと……ですか?」


 リビングの扉を開けたミーアが最初に聞いたのはクレオパスの戸惑ったような声だった。

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