第50話 魔力と信用
このまま立ち話をしているわけにはいかないのでミメットがみんなを家に通す。ただ、エルピダの護衛の一人は捕らえた襲撃者達をシンガス家の当主の所に連行しなければならなかったので、転移していった。
偉い人だと説明したからだろうか。出されたお茶請けのフルーツはずいぶんと種類が多かった。最大級の歓迎である。もしかしたら『うちではこんな美味しいフルーツを作っていますよ』というアピールも含んでいるのかもしれない。
「クレオパス、今回はよくぞ罪人を捕らえてくれましたね」
「いえ、エルピダ様達が来て下さったから正式に捕らえる事が出来たのです。感謝しなければならないのはこちらの方です」
「だったらまずあなたの使い魔に感謝なさい。確かビオンという名だったわね」
「ビオンが……」
クレオパスは呆然と、いつの間にか隣にいる自分の使い魔を見た。
エルピダの話によると、どうやらビオンは最初はイアコボスを呼びに行ったそうだ。だが、ちょうどシンガス家当主レアンダーの所にいたため——どうやら獣人少女誘拐事件の兼の対策の話をしていたらしい——、より身分の高いレアンダーが指揮を取る事にした。そうしてエルピダに捕縛命令が下ったのだそうだ。
「獣人様方の護衛から抜けてしまって申し訳ございません。ただ、リル様には何かあったら絶対にミーア様の側から離れないようにお願いしました。ある程度ならミーア様のアミュレットの範囲内に入るはずですので」
ビオンも補足してくれる。そういう事情なら確かにビオンに感謝するべきだ。クレオパスは素直にビオンにお礼を言った。リルも『ビオンちゃん超エライ!』と褒めている。それに続いて他の獣人達も次々にお礼と褒め言葉を言うので、ビオンは困ってしまったようだった。でも主としてはとても嬉しい光景だとクレオパスは感じた。
リルはショートヘアーな上に装身具をあまり好まないのでアミュレットが渡しづらいのだ。ミーアが気を使って、『耳にリボンでもつけたらどう?』と言ってくれたが、『なんか耳がもそもそするー』と嫌がられてしまった。
一応、軽い結界は張っているが、心配だったのだ。
だからこうやって臨機応変に動いてくれるのは本当にありがたい。きっと師匠かその使い魔がきちんと教育してくれたのだろう。
リル達が精霊を見れることにエルピダ達は不思議がっていたが、見えないままでいるとクレオパスが独り言を言ってるように思われてしまうので、彼らにも見えるようにしていると説明したら納得してくれた。
「それにしても駆けつけるのがずいぶんと早いですねニャ。何だかこうやってこの坊やが襲われるのが分かってたみたいですニャ」
アマーリャが厳しい声で指摘している。
これを無礼だと咎める事は出来ない。これは猫獣人とミュコス民にとって重要なやり取りなのだ。
もしアマーリャが『この人間さんたちは信用出来ない』と感じれば、それを猫獣人の街に広めるだろう。
どう答えるだろうと緊張しながらエルピダを見つめる。
「そうですね。否定はしません。予想は出来ていました」
その返答に部屋にいる者全員がごくりとつばを飲む。それだけの緊張感がここにはあった。
「予想が出来ていたとは、どういう事なのでしょうか?」
クレオパスは震える声で尋ねた。自分は囮にされたのだろうか。そんな考えが浮かぶ。
「今回の事がなくても近いうちにはこちらに来ようとは考えていたのよ」
「何か、あったのですか?」
「……あったのよ」
エルピダがため息をついている。それほど大変な事があちらでは起こっていたらしい。
「もしかしてクレオパスくんが家に帰れないのも、その『何か』のせいですかニャ?」
ミメットがずばり確信をついてくる。
「いいえ。それとは別の問題です」
エルピダの言葉にクレオパスはそっと唇を噛んだ。これはつまり、『今回の問題以外にクレオパス個人に関する問題がある』と言われているのだ。
彼女たちはその『問題』についても詳しく知っているはずだ。後で聞かなければならない。きっとクレオパスにとって大切な事だ。
「何があったんですか?」
不安に思いながら尋ねる。エルピダはもう一度ため息をついた。
クレオパスが師匠にした報告は、当然すぐにシンガス一族の当主レアンダーに伝えられた。そしてクレオパスが参考用に送った魔石を調べたところ、レトゥアナ王国の王弟のものだと分かった。
こんな事を黙ってはいられない。なのですぐにレアンダーは事実を明らかにすべく、レトゥアナ国王に書簡を送った。その事で、レトゥアナ王弟が作った魔石の盗難が明らかになった。
「盗難……ですか? 協力ではなく?」
話の途中だったが、クレオパスはあえて確認のために口を挟んだ。
「ええ、そうよ。いいえ、正確には『横領』ね。その家の執事が犯罪に使われると分かっていて横流しをしていたの」
王族の魔石が悪用されるなど、そんな馬鹿な事があるのだろうか。おまけにその執事は口止めの為に殺されてしまったという。
あまりの出来事にため息をつきたくなった。さすがは魔術歴の浅い国よ、という皮肉が心の中にわいてくる。だが、一般人であるクレオパスが他国の王族を馬鹿にするのはよくないので口には出さないように気をつける。
「その王弟はどうなるのでしょうか」
「さあ? ただ、もうすぐある魔術師協会の『会議』には間違いなくかけられる話題でしょうね。魔術師の今後にも関わるから。セルロールス卿の処分については知らないけれど、それ相応の処分が下されるのは間違いないでしょう」
その言葉は、何だか突き放したような言い方に聞こえる。でも、無理もないとクレオパスは冷たく思った。これは本来ありえない事で、そして何よりあってはならない事なのだ。クレオパス自身が誰かにこの事を説明するとしても似た感じになるだろう。
良くて監視付き、最悪で魔力消しかな、と予想を立てる。魔力持ちでなくなるというのは、魔力を持っているのがデフォルトであるミュコスの民にとっては死刑にも匹敵するほどの罰だが、レトゥアナ王国なら普通に生きていけるだろう。
「何だか冷たい言い方ですねニャ。話を聞いている限り、その人間が被害者にしか聞こえないんですけどニャ」
アマーリャが厳しい声でエルピダに詰め寄る。リルも『なんだか見捨ててるみたいですワン。可哀想ですワン』と言いながら不満そうに頬を膨らませて彼女に便乗した。
「そうですね。確かにある意味では被害者かもしれません。でも、魔力は大きな力です。自分でコントロールできないようでは駄目なのですよ。おまけにこうして獣人様方を巻き込んでおりますし」
エルピダの言葉にクレオパスもうなずく。
「その王弟は信用を失ってしまったという事ですね。それは『元』とはいえ、王族としては致命的です。魔術師全体のイメージも下がってしまう原因にもなります」
補足すると、エルピダは良く出来ましたというようにうなずいた。
これは魔術師にとって大問題である。ミーアのような『人間恐怖症』を増やすのはよくない。でも、その原因を彼は作ってしまった。
まったくとんでもないことをしてくれたものだ、と心の中でつぶやきながらクレオパスはそっとため息をつく。
「そんなにクレオパスが深刻にならなくてもいいわ。レトゥアナの国王はきちんとこれからの事を考えてるはずよ。とりあえず国内に巣くっている誘拐犯達の事は責任を持って調べると言っているわ。きっとアイハ王国も協力するはずでしょうから」
それならとりあえずは安心かもしれない。大国アイハなら信用出来るはずだ。あの国が信用出来なくなったら世界は終わりだ。
ついでに、誘拐された獣人達についてはミュコス側も捜索に関わるそうだ。悪人達を尋問すればいくつか情報が得られるだろう。その捜索のトップには師匠がいるそうだ。
「だから、とりあえずクレオパスはカーロさんのご家族を守ることだけを考えなさい。成人してまだ一年しか経っていない上に魔術師としてはまだ半人前のあなたにそれ以上は重荷でしょう。大変なことは年長者に任せておきなさい」
「……はい」
少し悔しいが、クレオパスはそう答えるより他はなかった。
エルピダの言うことは何も間違ってはいないのだから。
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