第49話 思いがけない訪問者

 とりあえず、カーロの提案で女性を家に上げて改めてお礼のためにもてなそうということになった。


 とはいえ、クレオパスはここから動けない。襲撃者を見張っている必要があるからだ。とりあえず『気絶から起きたらリルがキックしよっか?』という申し出は丁重に断った。それに便乗して『顔を引っ掻いてやればいいニャ』というアドバイスもしっかりと却下した。


 そろそろミメット達が戻ってくるはずなのでその時に猫獣人の自警団に預けようと考える。しばらく待っていると、予想通りミメットとフランクが、でも予想もしていない者達を連れて戻ってきた。


 それは数人の人間だった。

 それを見てミーアがびくっと震え、泣きそうな顔でカーロの後ろに隠れる。やはりまだ人間は苦手なようだ。


「ミーア、大丈夫よ。ほら、ちゃんとご挨拶しなさい。怖い事なんかないから」

「ミャオゥ……」


 ミメットがなだめているが、ミーアの恐怖は薄れないようでカーロの後ろから出てこない。


 普通だったらなだめるのにリルも加勢するのだが、彼女は『大丈夫だった? 何もない?』とフランクに質問攻めにされて困っているので期待は出来ない。


 とはいえ、クレオパスにもフォローは出来ない。ミーアが怖がっている事は分かる。自分が大丈夫だと言って彼女を安心させるべきなのも分かる。でも、残念ながらクレオパス自身も内心パニックに陥っているのだ。


 確かにシンガス家の人たちが近いうちに来るとは聞いていた。でも、こんなことは予想もしていなかった。


 どうして肖像画か魔術映像でしか見たことのない方がここにいるのだ! 許されるならそう叫びたかった。

 誰かが化けている可能性はないだろう。相手が実力のある魔術師であればあるほど、その者に成り済ます事が難しくなる。すぐに本人の魔術によって察知されてしまうからだ。

 だから彼女は間違いなく本物である。緊張するなという方が無理なのだ。


 でも、ずっと固まっているわけにはいかない。クレオパスは思い切ってその女性の前に膝をついた。


「お、お初にお目にかかります、エルピダ様。メラン一族、イアコボスの子、クレオパスでございます」


 丁寧に丁寧に気をつけながら挨拶をする。とはいえ、内心ではまだパニック状態だった。それも無理もないのだ。相手はミュコスの王家の片割れと言われるシンガス家のその当主の姉君なのだ。他国なら王女にあたる。


 シンガス家の者の前で自分の事を『イアコボスの子』だと名乗るのも緊張している理由だった。この名乗りをエルピダは許してくれるのだろうか。『本当は重罪人ホンドロヤニスの血を引くくせに』などと不愉快に思われたりはしていないだろうか。


「頭を上げてちょうだい。そんなにかしこまらなくてもいいから。ほら、犬獣人のお嬢ちゃんがぽかんとしているし、猫獣人のお嬢ちゃんが怯えているじゃないの」


 ミーアが怯えているのはクレオパスがかしこまったからではないのだが、そんな事を言えるような精神状態ではない。

 それでも命じられたのだ。クレオパスはしっかりと顔をあげる。


「ねえ、この人間さんはクレオパスさんの知り合いなの?」


 リルが話しかけてくる。周りを見ると獣人達が戸惑っているように見えた。リルは彼らを代表して尋ねたのだろう。


「いや、知り合いというか……目上の方だよ。偉い人」

「ふーん? ……で、ものすごく気になってたんだけど、何でクレオパスさんさっき変な格好で座ってたの?」

「変な格好って何だよ! これは最敬礼だよ!」


 脳天気なリルの質問についいつもの調子で言い返してしまった。その直後にエルピダの目の前だと言うことを思い出す。


「申し訳ございません、エルピダ様」

「いいのよ。仲のいいお友達なのね」


 エルピダはどこかほっこりしたような表情でクレオパス達を見ている。それはそれでこっぱずかしい。


 気を取り直して獣人家族とフランクをエルピダに紹介する。謎の獣人女性の事は知らないので困ったが、彼女自身が勝手に自己紹介していたのでとりあえずはよかった。そこで初めて彼女の名前がアマーリャだと知った。


 その後でエルピダの事をリル達に紹介する。でも、当主がどうたら、と言っても分からないと思ったので、王女様のような立場の方で、もっとわかりやすく言えばお姫様なのだと説明した。

 基本的に大きな群れである『街』で生活していて、王族というものを知らない彼女達だが、『お姫様』という存在なら物語で知っているはずだ。家の掃除を手伝った時、ミーアの本に『お姫様』が出て来る絵本——小さい頃に読んでいたらしい——があったから間違いはないだろう。もっとも話を聞く限り、獣人の物語に出て来る『お姫様』は『お嬢様』に近い立場のようだったが。


 なのに獣人姉妹にはクレオパスの説明がよく分からないようだった。どこか困ったような顔をしている。


「お姫さま? え? でも……」


 リルはそんな事を言いながら、じーっ、とエルピダの顔を見てから軽く首をかしげる。失礼だろやめてくれという気持ちをリルへの視線に込めるが、全く気づいてくれない。


 エルピダは、そんなクレオパスの気持ちを知ってか知らずか、楽しそうに笑っている。


「そうねえ。確かに『お姫様』にしては年をとりすぎてるわね」

「えっと……絵本とかで見る『お姫さま』とは違うなって思いました」


 リルの返答にクレオパスは気絶したくなった。だが、そんなことをしている場合ではないのでこらえる。

 『やめろ!』と怒鳴りたかったが、そうすると、リルの発言を肯定してしまうことになる。とりあえず心の中だけで『リルさんのバカヤロー!』と文句を言っておく。


 なのに、リルとエルピダはそんなクレオパスの様子など気にしていないように仲良く喋っている。


 どうやら、クレオパスが簡単に説明した彼女の身分について改めて丁寧に教えてくれているようだ。リルは興味深そうに聞いている。最初から説明してもらえば良かったのかもしれない。


 エルピダと一緒に来ていた者が『ドンマイ』というように苦笑いを見せてくる。何だかそれを見ているとさらに恥ずかしくなる。自分の顔はきっと赤くなってるのだろう。


 クレオパスはそっと下を向く事しか出来なかった。

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