第48話 謎の猫獣人

 捕らえたのはいいが、この不法侵入者をどうしたらいいだろうと悩む。犬獣人の街にも猫獣人の街にも『警備さん』という名の自警団がいる。だが、ここにはクレオパスしかいない。その場を離れて相手に逃げられたりしたらただの間抜けである。


 その悩みはすぐに解消された。


「ほら、犬っころ、こっちですニャ」

「は、はいワン、あの……靴は履いた方が……」

「ニ゛ャーオ! 馬鹿な事言ってないでさっさと走るニャ!」

「……ごめんなさいワン」


 先ほど『警備さん』を呼んだのと同じ声が聞こえてくる。そちらの方を見ると、初老の猫獣人がカーロを引き連れて走ってくる。どうやらミーア達と同じ茶トラ猫の獣人のようだ。

 それにしてもやけにカーロに対して当たりが強い。それは彼が犬獣人だからだろうか。


「クレオパスくん、大丈夫?」


 駆け寄ってきたカーロはすぐにクレオパスを案じる言葉をかけてくれた。


「びっくりしました」


 だが、なんと言ったらいいのか分からないので素直な感想しか出てこない。カーロはそれを聞いて苦笑している。


「クレオパスくんを襲ったっていう人間は?」

「ここに縛ってあります」


 足下で縛り上げられ、射殺しそうな目でクレオパスを睨んでくる男を指さす。指を指すというのは失礼な行為だが、この男自体が失礼な奴だったので問題はないはずだ。


「クソが……小僧と獣の癖に……」


 男がぼそっとつぶやく。言い返そうとしたが、それより先に猫獣人の女性が彼の顔を、何故か履かずに手に持っていた靴で叩く。パコーン! と気持ちのいい音がした。


「な、何すんだよ、この猫ババア! てめえは関係ないんだから引っ込んでろ!」

「あんた悪いヤツのくせに態度が大きいのニャ!」


 猫獣人の女性はそんな事を言いながら襲撃者のお腹を思い切り蹴っ飛ばす。何だかデジャヴという言葉と、毎日会っている無邪気な犬獣人の少女の姿が脳裏に浮かんだ。この女性は『猫キック!』とは言わなかったが、強いキックで襲撃者が気絶したのは一緒だった。


「貧弱だニャ」


 猫獣人の女性はふん、と鼻を鳴らす。クレオパスはカーロと顔を見合わせて苦笑した。


「悪いけどクレオパスくんはまだここで悪者を見張っててくれないかな。ミーア達の迎えは僕が行って来るから」

「あ、すみません」


 襲撃者の事で頭がいっぱいになって、今の今までミーア達のお迎えの事を忘れていた。でも、カーロの言う通り今のクレオパスはここを離れるわけにはいかない。ありがたくカーロにお願いすることにする。


「猫獣人の警備団の所にはミメットとフランクくんが行ってるから安心していいよ」

「え? フランクが?」


 思いがけない名前が出てきてつい聞き返してしまう。


「なんかクレオパスくんのところに遊びに来たらしいよ」


 つまり、クレオパスを口実にリルの顔を見に来たのだろう。相変わらずフランクはリルが大好きなのだ。

 とりあえず「そうですか」とだけ返しておく。フランクがリル目当てだということはしばらく隠してあげることにしている。


 とにかく、フランクに会ったらお礼を言わなければいけない。理由は何にせよ助かっているのだ。


 クレオパスと謎の猫獣人の女性に後をまかせ、カーロはすぐに子供達を迎えに犬獣人の街の方に走って行った。


「あの……ありがとうございました」


 無言でいるのも気まずいので猫獣人の女性に話しかける。それにお礼を言うのは大事な事だ。猫獣人の女性はちらりとクレオパスの方を見ると興味をなくしたように目をそらした。この反応は新鮮だ。


「……あんた、ミメットの子供達の護衛をやってるんだってニャ?」

「え? あ、はい!」


 突然話しかけられたので慌てて返事をする。だが、この言葉は間違いではない。クレオパスがミーアとリルを守っている事は本当だ。


「ふん。こんなポヤポヤしたガキで本当に大丈夫なのかニャ。ミメットも何を考えてるんだかニャ」

「ポ、ポヤポヤ?」


 ひどい言い草だ。別にクレオパスは「ポヤポヤ」と言われるほどのんきに構えている訳ではない。


「おれは別にポヤポヤなんかしていません」

「本当かニャ? 実際こうやって変な人間が来てるニャ。熟練した者なら入り口で追い返せるはずニャ」

「無茶言わないでくださいよ!」


 つい声を上げると、猫獣人の女性はふんと鼻を鳴らす。このおばあさんは何なのだろう。こんな対応をされたままではとても気まずい。


 しばらくどちらも口を開かなかった。猫獣人の女性はちらちらとカーロが歩いていった方を見ている。カーロが心配なのだろうか。それとも彼女の言うところの『犬っころ』に任せるのが不安なのだろうか。


「あの……?」


 沈黙に耐えられなくなって声をかけた。猫獣人の女性は『まだいたのかニャ』という目をクレオパスに向けてくる。


「ところで『フランク』って誰ニャ?」


 いきなり話が変わった。でもフランクは怪しい者ではないので答えるのにためらう必要はない。


「ミーアさんのどうきゅ……えっと、ミーアさんというのはミメットさんの、猫獣人の外見をした方の娘さ……」

「そんなこと知ってるに決まってるニャ! 分かりきった事をいちいち説明するんじゃないニャ!」

「は、はい。すみません! その……ミーアさんの同級生の子です」


 なんでこんなに当たりが強いのだろうと思いながら説明する。


 女性が『ああ、あの子かニャ。そういえばあそこにいたニャ』などと言っているので知り合いなのだろう。


「ミーアの彼氏かニャ?」

「いいえ。違います!」


 つい即答してしまった。何だかすぐに返事をした方がいい気がしたのだ。きっとここでこの猫獣人の女性に誤解をさせてはリルに惚れているフランクに悪いと思ったからに違いない。


「でもなんでそんなことを?」

「……彼氏だったらミーアは玉の輿ですごいなと思っただけニャ」


 玉の輿ということはフランクはいいお家の出身なのだろうか。それが真実だとして彼を友人だと思う気持ちが変わるわけではない。なので、ただ、『へぇー』とだけ言っておく。猫獣人の女性は何故かやれやれというようにため息をついた。


「あの……」

「お姉ちゃん! クレオパスさんは大丈夫だってパパも言ってたじゃない! そんなに急がなくてもいいって! お姉ちゃんってば!」


 クレオパスが猫獣人の女性に話しかけようとした時、遠くの方からリルの戸惑ったような声が聞こえて来た。すぐにミーアがクレオパスのところに走り込んでくる。


「ク、クレ……パスさ……、だいじょ……はぁ、はぁ……ニャア……」

「おれは大丈夫だよ、ミーアさん」


 息を切らしながらも心配してくれる。だが、クレオパスの足下で倒れている人間は怖いらしく見ないようにしているようだ。おかげでミーアはずっとクレオパスの顔を見つめていたのだが、気にしないことにした。むしろ、目をそらす方がおかしい、


「疲労回復、かける?」

「ニャ!? ニャッ! ニャッ! ニャッ! ニャッ!? ニャァァァーーーーー!!!」

「……分かったよ。かけないから落ち着いて。それと下のは気にしなくていいから!」


 ミーアはまだ魔術が苦手のようだ。はぁはぁ言いながらも首を横に振っている。

 おまけについ視線をクレオパスの足下の襲撃者に向けてしまって悲鳴をあげている。


 とりあえずなだめるために頭をなでてみた。これは嫌ではないようで大人しくしている。むしろうれしいようで喉が小さくゴロゴロと鳴っているのが聞こえた。


 そのうちにカーロが戻ってきたので手を下ろした。


「もう大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。ミーアさんも心配してくれてありがとう」

「いや……その……あの……ニャ……」

「リルも走ったんだけど?」


 ミーアと喋っているとリルが口を挟んできた。ワウ-? と不満声を出しながらじーっとクレオパスを見ている。どうやら姉ばかりが甘やかされるのが気にいらないらしい。本当に子供っぽい。


 苦笑しながらよしよしと頭をなでる。それで満足したようでリルは大人しくなった。とりあえずは安心だ。カーロが複雑そうな顔をしているのは見ないようにした。これはいわゆるちっちゃい子をかわいがる類いのものだ、と心の中で言い訳をする。


「それで悪者はどうやって捕まえたの?」


 リルが尋ねてくるのでクレオパスは簡単にカーロを含める三人に、先ほど起こった事を説明した。


「逃がしておけばいいのに……」

「いや、逃がしちゃ駄目だろ」


 ミーアのぼやきをばっさり切る。申し訳ないがこれに関しては譲れない。


「それで、声を上げて相手の注意をそらしてくださったのがこの方なんだよ」


 そう言って猫獣人の女性の方に視線を向けた。


「そうなんですね。どうもありがとうござ……」


 ミーアは丁寧にお礼を言おうとして女性の方を見る。そして口をあんぐりと開けた。


「あ、ありがとうございました」


 でも固まっていたのは一瞬ですぐにお礼を言い直す。


 本当にこの女性は誰なのだろうとクレオパスは改めて疑問に思った。

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