第47話 襲撃?

「じゃあミーアさんとリルさんを迎えに行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけてね。そろそろ暗くなってきたから」

「はい」


 カーロとミメットに声をかけてクレオパスはいつものように畑を出て行った。


 カーロ達の家の側にある慣れた小道を進む。最近は毎日歩いているので多分目をつぶっていてもキュッカの家にたどり着く事が出来るだろう。ただ本当にやったら『大変だワン! 人間さんがどうかしちゃったワン!』と犬獣人達が騒ぎ出してしまうかもしれないのでやらない。それにとても危険だ。


 今日はキュッカの家に、リル達のクラスメイトである犬獣人の女の子達が大勢遊びに来ていると聞いている。どうやらミーアが最近毎日のようにキュッカの家に遊びに行っているのが気になったらしい。それで皆で集まって遊ぼうという事になったようだ。ミーアもまんざらでもないようで今日はずっとそわそわしていた。


 なので、今日はいつもより少し遅い時間のお迎えだ。ミメットが言ったように少しだけ暗くなって来ている。いつも以上に気をつけなければいけない。


 それに、それ以外にも気になる事があった。数日前、誘拐犯らしき男から取り上げた魔石に封印の術がかけられたのだ。

 これはいわゆる盗難対策で、相手に魔石を使わせないようにする術だ。家における鍵のようなものである。


 それに対しては納得出来る。魔石の提供者は別の人間の手に自分の魔石が渡っていてはいい気分はしないだろう。問題は時期なのだ。

 遅すぎるんだよなー、と心の中でつぶやく。もし、その魔石の提供者が誘拐犯と繋がっていたとしたらもっとはやく魔石を封じていなければおかしいはずなのだ。


 相手はクレオパスを罠に嵌めたいのだろうか。それとも他の意図があるのだろうか。何にせよ警戒するに超した事はない。なのできっちりと自分の体には結界をまとわせてある。


 どちらにせよ、こんな事が起きたのなら、間違いなく敵はクレオパスに接触してくるだろう。魔石の提供者が彼らの味方なら、『邪魔者』を殺すために、もし、そうでないのなら『魔力持ち』を取り込むために。


 ストレートな憶測だが、彼らはミーアを狙う時もクレオパスの予想通りに動いた。つまり、言い方は悪いが単純だということだ。


 出来れば来ないで欲しいのだが、そんな願望は叶わないだろう。多分今でも彼らのターゲットにミーアとリルは入っているのだ。

 そう考えると許せない気持ちになる。あの家族は死にそうだったクレオパスを救ってくれたのだ。


 ふぅ、とため息をついたその時、自分が張った結界に何かがぶつかる感触がした。続いて「なっ!?」という驚きの声が聞こえる。厳しい目でそちらの方を見ると、驚愕したような表情をした人間の男が道の脇に座り込んでいた。おおかた、クレオパスに何かをしようとして、結界に阻まれたのだろう。間抜けだ。


 男の側にナイフが落ちているのを見えた。それを見れば何が起こったのかわかる、だったら優しくしてやる必要などない。


「おれに何か用ですか?」


 冷たい声が出た。実際、クレオパスは腹が立っている。


 この男は自分を殺しに来たのだろう。そしてどうやらこの驚愕ぶりを見るに、彼はプロの暗殺者でなくただの荒くれ者だ、と冷静に分析する。なんでこんな大変な事態になっているのに自分は動揺してないのだろうと呆れもするが。


 しばらく睨み合う。念のために男の手を注意深く見るとまだ何かを握っているのが見えた。魔石だろうか。まだ持っているという事はクレオパスが没収したものにだけ封印を施したのかもしれない。魔力の提供者はそれほどの実力を持っているのか、と軽く恐怖を覚える。


 でも、今はそんな事を考えている場合ではない。大事なのは目の前にいる男の対処だ。


 男がたどたどしい口調で呪文をつぶやくのが聞こえる。蚊の鳴くような声だが、彼が詠唱すると気づいたクレオパスがあらかじめ小声が聞こえる術を発動しておいたのだ。もちろんそれは無詠唱でやった。


 呪文を聞けばどんな魔術を使おうとしているのか分かる。どうやら彼はクレオパスの背中に石を強くぶつけたいらしい。気絶させて攫うつもりなのだろうか。でも、クレオパスは人間だから売れないだろう。

 それなら気絶させた上で殺すつもりなのだろうか。手間のかかる事をするものだと内心でため息をついた。


 詠唱は終わったが、何も起きない。という事は、この男の魔石も封じられているのだろうか。もしかしたら魔石の提供者は敵ではないのかもしれないと希望を持つ。そうだったらこちら側についてくれる可能性もあるからだ。


 男は魔術が発動しないのに首を傾げていたが、他の魔術なら動くかもしれないと火や水を出す魔術を試している。それでも封じられた魔石はうんともすんとも言わなかった。当たり前だ。大体魔術が出たとしてもクレオパスに対してダメージにはならないくらいお粗末なものだ。


 ついに男は諦めたのか舌打ちして魔石を地面に投げ捨てた。後で証拠品として拾っておこうと決める。


 男が小さな声で悪態をつくのが聞こえる。こうなる事を予測してあらかじめ通訳魔術は切っておいたので彼の母国語で聞こえた。ただ、クレオパスの知らない言葉だったので、何を言っているのかわからなかったのが問題なのだった。


 レトゥアナ語はその隣国であるアイハの言葉に似ていると聞いたことがある。だから師匠から一般教養としてアイハ語を学んでいたクレオパスは言葉が分かると思い込んでいたのだ。ただ、男が言った言葉は俗語での悪態だったので、たとえクレオパスがレトゥアナ語を勉強していても彼の喋った言葉の意味は分からなかっただろう。


「それで? おれに何か用ですか?」


 再び通訳魔術を発動して――最近は毎日使っているので無詠唱でも発動できるようになった――もう一度男に話しかける。彼の反応を見るためにアイハ語を使ってみることも考えたが、最近はたくさんの人がアイハ語を話せるようになっているから簡単には彼の出身国の判別が出来ないと思ってやめた。


 不意に男が動いた。拳を振りかぶる。だが、それはクレオパスに届く前に結界にぶつかった。


「痛ぇ……」


 男がつぶやくのが聞こえる。わざと結界を硬いものにしたのだ。石壁でも殴った感触がしたのだろう。男の間抜けな様子に、つい笑いがこみ上げて来る。


「何がおかしいんだ!」

「全然学習しないなーと思って。最初の攻撃の時に無駄だと思わなかったんですか?」


 相手を挑発するような言葉が口から出てしまった。怒りからか男の顔が真っ赤になる。


「このくそガキが……」


 そんなことを言われても動じることはない。男だってクレオパスが成人しているのは分かっているだろう。


 それに、子供扱いならよくミメット達にされている。よく心配をされるし、リルやミーアと同じように叱られることもよくあるのだ。それに関しては少し気恥ずかしいが、ありがたいとも思っている。


「ニャァーッ!?」


 再び男とにらみ合っていると、急に甲高い猫の悲鳴のような鳴き声が聞こえてくる。男が驚いたように周りをきょろきょろ見た。それでもその声は止まない。ニャーニャーと鳴き続けている。どこか錯乱しているような鳴き声だ。これはどこの猫獣人だろうか。目だけを動かして近くを探してみるが、うまく隠れているのかその姿はどこにも見えない。


「あ、警備さん、ちょうどよかった。こっちですニャ! 人間さんたちがケンカしてますニャ! ほら、こっちこっち!」


 同じ声でそんな言葉と軽い足音が聞こえた。鳴き声では分からなかったが、どうやら女性の声のようだ。


 今の通訳魔術はクレオパスにしかかかっていない。男には分からないだろう。なのであえて意味を聞かせることにした。


 予想通り、男は焦った顔をして立ち去っていく。『クソっ! 覚えてろよ!』などという小説や芝居でしか聞いたことのない言葉が飛び出してきた。今回は笑うのはこらえる。怒ってまた攻撃されたりしたら面倒だ。


 でも、逃げられるのも困る。なので魔術で光のロープを飛ばして捕らえる事にした。これは詠唱しないと出来ないし、コントロールが面倒なのであまりやった事がない。でも集中していたので、ロープは上手く男の体と手足に巻き付いた。盛大に転ぶのがおかしい。


 改めてあたりを見回してみたが、先ほどの声の持ち主も警備の猫獣人も見つける事は出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る