第46話 青天の霹靂
レトゥアナ王国王弟である、セバスティアン・セルロールスは王の私的なサロンで冷や汗をかいていた。
目の前には厳しい表情をした兄王が、そして隣には妻が『貴方は一体何をしたの?』というような目をこちらに向けながら座っている。
兄が婿に行った自分を案じて時々王城に招待してくれる事はあった。でも、今回のはいつもと全然雰囲気が違う。王はどう見ても怒っていた。一体、自分は何をしてしまったのだろうか。
「あの……おにい……国王陛下、私が何か?」
いつものように『お兄様』と呼ぼうとすると睨まれた。つまり『王』として会っているということだ。
「そなたの魔石が流出している事について、何か知っているか?」
「ほえ?」
つい間抜けな返事を返してしまった。それだけ何を言われているのかさっぱり分からなかったのだ。ただ、『ほえ?』というのが、王弟の発する言葉としては最低だという事は分かる。
「……魔石が流出?」
なのでつい兄の言葉をそのまま繰り返してしまう。
「私の……ですか?」
そうして改めて確認をしてしまう。何しろ本当に寝耳に水の話だったのだ。隣の妻もきょとんとしている。
その様子を見て兄はため息を吐いた。きっと呆れているのだろう。
「……何も知らないのか」
「知りません。一体、どうしてそんな事に……?」
声が震える。兄王が『それを今そなたに尋ねているんだ』と言っていたが、パニックに陥っていたセバスティアンには聞こえなかった。
魔石が奪われるなんて、そしてそれが悪用されるなんて魔術師としてあってはならない事だ。それが自分の身に降り掛かっている。これで動揺するなという方は無理なのだ。
この国の王族、そして王侯貴族は他の人間が持たない魔力という力を持っている。昔は持っていなかったのだが、三百年ほど前に大国から嫁いで来た妃の好意によって得る事が出来た。
魔力を持つ事は他の国から認められる事にもなる。そしてまた魔力を持つ国から王妃や王配を迎える事が出来き、強い魔力を持つ王族が生まれるのだ。
この事で、諸外国からの評価も上がり、所詮小国と馬鹿にされる事もなくなった。一時は大国であるアイハやイシアルとも肩を並べる事も出来たのだ。
そして最近は、魔力を使った魔道具というものが世界各国の魔力持ちの間で流行っている。それには家事を楽にするものもたくさんあるのだ。
もちろん王族や王侯貴族はそれを取り入れている。でも、もちろん自分たちが使うのではない。そこに入れる魔力だけを提供してあとは使用人にやってもらうのだ。
そんな事は兄王でも知っているはずだ。大体王宮の使用人だって魔道具を使って仕事をしているはずなのだ。
魔石はその道具を動かすために使っている。そして、セバスティアンは最近はその魔道具用にしか魔石を作っていない。
だからそれしか心当たりがないのだが、魔石の管理は信頼出来る執事のルシオに任せているので安心だと思っている。そう、丁寧に説明した。
なのに、兄はセバスティアンが説明を始めた時から眉をひそめている。明らかに自分の回答に不満があるように見える。
「魔力持ちでない者に預けているのか?」
「はい。一々補充するたびに作るのでは手間ですので。先ほども言ったように、うちの執事は信頼出来ますから」
「では何故こんな事になっている!」
知りませんよ! そんなこと僕が聞きたいくらいです! と自棄になって怒鳴りたい気持ちをこらえる。それは国王に対して不敬である以前に兄に対して不誠実である。
それでも気持ちは顔に出てしまったようで、またため息を吐かれてしまった。
そうして始まったのは説教だった。魔力は自分たちの先祖がもたらした大切な力だ。あれがもたらされたからこそ、この王国は安定した国家として成り立っている。その魔力を魔力持ちでない者に預け、それどころか悪用されるのは魔力持ちとして、そして王族として情けない。そんな事をこんこんと注意される。その通りなので反論は出来ない。
「大体、信頼出来ると言っているが、そのルシオが全く信頼出来ない者だからこんな事件が起きたのだ」
それに関しても反論出来ない。セバスティアンはそっと下を向いた。
うつむいているセバスティアンの横で、セルロールス家の当主である妻と兄王が話し合い、とりあえずルシオをこちらに呼ぶ事になった。
対応が後ろ手に回ってしまっている事が不安だ。セバスティアンに注意してはいるが、他国から言われるまで兄王もこの事に気づかなかったのだ。
それに、今、冷静になって考えればルシオの行動はおかしいのだとセバスティアンにも分かる。
魔道具だって日々進化している。魔石注入型はいわゆる旧式のもので、今は道具自体に魔法陣を付与すれば、その後、何もしなくてもずっと自動的に動いてくれるものだってあるのだ。今まで旧式を使っていたのはこの家の前当主に最新モデルを作れるほどの魔力と実力がなかったからだ。
もちろん、セバスティアンは婿に来た時にそれを提案した。元王族である自分なら新しい形の魔道具くらい作れる。
だが、ルシオは最初の方は乗り気だったのに、いざ作ろうとする時になって『やはり使い慣れたものの方が女中も安心でしょうから』と断ってきたのだ。
あの時は、それもそうだな、と考えたが、あれは効率的にセバスティアンの魔石を手に入れるための作戦だったのだろうか。
つい、大事な場なのに深いため息が漏れる。セバスティアンの気持ちを分かっているのか兄も妻も注意して来ない。それが逆に申し訳なく思ってしまうのだ。
しばらく無言が続く。最初に口を開いたのは兄王だった。
「本当にそなたは何も知らないのか」
「はい。何も役に立てず申し訳ありません」
「何にせよ、ルシオとやらが来ればある程度は明らかになるだろう」
それはきっと確実だろう。その『悪事』がどんなものであるかにせよ、これで少しでも明らかになれば解決もはやい。セバスティアンはそう楽観的に考えていた。
「その前に……」
兄王がそっとセバスティアンの耳に一言命じて来た。それをする事に何も異論はないのでその通りにする。
ルシオが何者かに殺されたと知ったのはそれから一時間も経たない頃だった。
『口封じされたか』と悔しそうに言う兄にセバスティアンは何も答える事が出来なかった。
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