第41話 保護者
クレオパスがビオンを紹介すると、獣人家族はそろって困ったような顔をした。
「クレオパスくんの『セイレイ』? がどうしてここに?」
「おれにもまだよく分からないんですが、どうやら当主さ……えっと、偉い人から許可が下りたようで……」
カーロの質問にそれだけしか答えられないのがもどかしい。クレオパスだってそんなに知らないのだ。だから彼らと同じように戸惑っている。
ビオンの方を見る。彼は大人しくクレオパスが質問するのを待っている。とても従順だ。
「ビオン、そもそもお前はどうやってここに来た?」
それが一番の疑問だった。契約をしていないミュコスの精霊はそこまで力を持っていないと何かで読んだ事がある。
「私たちは肉体を持たないので移動は簡単にする事が出来ます。ただ、物を持って行くのは魔力がいりますが、それは『魔力タンク』からいただきました」
それで納得がいく。基本的に各家庭には魔力を溜めるための魔道具があるのだ。魔術をあまり使わない日には、そこに魔力を入れるのだ。そうすれば大量に魔力が必要な時にその魔力を使う事が出来る。
あの転移の時はそんなに魔力を使わないと思っていたので使わなかったのだ。それに、練習の事は師匠に内緒にしていたので使いたくても使えなかっただろう。
だが、そこでまた疑問が出て来る。
「『物を持って行く』?」
「はい。これを持っていくよう命じられまして」
ビオンから差し出された物を見て声をあげそうになってしまう。
それは軟膏だった。それもとても効き目のいい魔法薬。
許されるなら『これかぁーーーーーーっ!』と叫びたかった。その代わり、口を間抜けに開いたまま閉じられなくなってしまったが、それも無理のない事だろう。
ビオンと関係のないと思っていた疑問が一つ、いや、二つ解けてしまったのだ。
「これをこの間、おれに塗った?」
一応確認をする。ビオンは静かにうなずいた。
「おれが蹴られたのを見てたのか?」
「はい」
そう言いながらビオンは悔しそうにうつむいている。
「許されるなら私がリル様と一緒にあの者を追いかけて捕らえたかった。でも、こちらから接触する事は許されていないし、力もないし、もどかしくて。イアコボス様に報告に行く事しか出来なかったんです」
「そっか」
それ以外言えなかった。
「……父さんは何て言ってたんだ?」
わざと『父さん』という言葉を使う。獣人家族にいらぬ心配をかけるわけにはいかないからだ。クレオパスが貰われっ子だなんて事は知らせる必要もない。
「『誘拐未遂犯から取り上げた魔石を渡してほしい』とおっしゃっていました」
「え?」
予想外の事を言われてきょとんとしてしまう。
「それは……どういう……?」
「そのままの意味です」
そのままの意味と言われてもクレオパスにはよく分からない。首をかしげる事しか出来ない。
「ですから、イアコボス様はこの問題に関わりたいとお考えなんです」
「なんで?」
理解がまだ追いつかない。だから間抜けにもそんな事を聞いてしまう。
確かに師匠に頼れば安心だ。でも、それを向こうから提案されるとは思っていなかった。
そんなにクレオパスは頼りないのだろうか、と考え、そうなのだろうという答えが出る。それがものすごくもどかしい。
「『関わってくるかもしれないから』と言っていました」
「誰が? 誰に?」
「誘拐未遂犯の仲間が、イアコボス様にです」
「え? 何で?」
尋ねながら自分は馬鹿みたいな反応をしているなと思う。すぐに理解しなければならないのにさっぱり分からないのだ。そういう所が情けないと自分でも感じている。
「あちらはクレオパス様を邪魔に思っているのです。どうにかして獣人様方から引き離さなければと考えているのできっとイアコボス様を引っぱり出してくるはずです。イアコボス様もそう言っていました。だから魔石を持って帰れと私に命じられたのですよ」
確信をしているような言い方だ。ビオンはどこまで知っているのだろう。
追求をすると、ビオンは素直に話してくれた。どうやら彼は数日前に誘拐犯のアジトを追跡して盗み聞きをしてくれたらしい。そうして男達はイアコボスにクレオパスの居場所を教え恩を売った上でさっさと連れ帰ってもらえるようにしようと考えているようだ。
話を聞いているとため息を吐きたくなってしまう。彼らはかなりストレートな計画を立てたようだ。
『犯罪を犯すのに邪魔』という本当の事などあの男達に言えるはずがない。なので、きっとクレオパスがホームシックにかかって苦しんでいるなどという適当な理由をでっち上げるはずだ。
今まで獣人達を攫ってきた者達を野放しには出来ない。でも、クレオパスだけにこの問題を任せるのはとても心配だ。
そう考えて師匠はこの問題に関わる事にしたのだろう。そうして、彼らより優位に立つためにクレオパスの持っている『証拠』が欲しい。そういう事だ。
とは言っても、はいそうですかとほいほい渡せるものではない。相手方にどんな魔術師がいるのかクレオパスには分からないのだ。渡す過程で敵の手に渡ったら不利になってしまう。
それに、近いうちにここにシンガス家の者達が来る。その人達にも渡せるようにいくつかは残しておきたい。その代わり、師匠用に今までに知った事をまとめたレポートも書いて送るつもりだ。それだけならそこまで魔力はいらないだろう。人が移動するのとは違うのだ。
そういう事をきちんとビオンに話した。ただ、先ほどの『盗み聞き』という話があったので防音の魔術は一応かけておいた。
「いろいろ考えてるのね」
静かに聞いていたミメットが口を挟んで来た。しみじみとそんな事を言われるので逆に申し訳なくなってしまう。
「すみません。すぐに解決出来るのが一番だと思うのですが……」
「クレオパスさんのパパはここに来れないの? すぐに合流すれば悪いヤツに利用される事もないんじゃないの? で、終わったら一緒に帰ればいいでしょ」
リルがもっともな疑問を口にする。
クレオパスもそれは考えた。場所は分かっている。魔力もタンクにあるはずだ。だったら安全に移動出来るのではないのだろうか。手渡し出来るならそれに超した事はない。
でも、ビオンは首を横に振る。
「出来るかと言われれば出来ると思います。ただ、ミュコスの方でいろいろ問題が起こっているので手が離せない状態なんです。それが終わらなければクレオパス様が安全に帰る事は出来ないので」
ビオンの口から出た重い言葉に誰も何も言う事が出来ない。ただ、故郷で何かがあったという事だけは分かった。クレオパスが戻れないほどなのだ。相当な事が起こっているのだろう。そして、ビオンが言わないということは国外に漏らしては駄目だという事だ。
「じゃあし……父さんに連絡を取って来てくれるか?」
「お任せください」
ビオンは綺麗にお辞儀をする。きっと彼もクレオパスの知らない所でしっかり教育を受けて来たのだろう。
さっそく手紙を書かなければいけない。クレオパスは、はやる心を抑えながら自室に向かおうとした。
「クレオパスくん、もうすぐ夕食よ」
だが、ミメットに叱られてしまう。そうして手紙を書くには紙も貰わないといけない。そんな基本的な事すら忘れていた。かなり気持ちが焦っていたようだ。
「ビオンちゃんも食べてね。おかわりには十分な量があるから遠慮しなくていいからね」
「はい、ありがとうございます」
そしてビオンまで受け入れてくれる。その気持ちがとてもありがたかった。
これからもこの家族を守るために頑張ろうと素直に思えて来る。
精霊とも契約したし、これからいい方向に向かっていけばいいとクレオパスは願った。
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