第40話 あなたに会いに
こんな可能性は予想すらしていなかった。
確かにそれは精霊だ。
でも、本能で分かる。これはクレオパスだけのものだ。自分の使い魔になる予定の精霊だ。初対面なのにそれが分かるのは不思議だが、間違いないとも思える。
「どうして……」
どうしてお前がここにいる? どうしてリルさんと追いかけっこをしていた? 近くにいたならどうして今までおれの前に現れなかった?
いろんな事を聞きたかったが言葉にならない。
クレオパスが戸惑っている間に精霊は静かにクレオパスの前に移動し空中でひざまずいた。
「お初にお目にかかります、クレオパス様」
「どうして……」
その言葉しか出て来ない。まだ理解が追いついていないのだ。
「イアコボス様が頑張ってメラン家の当主様に許可をおとりになったのです。それで……そこで偶然に会ったら契約して良いという事になったので……」
「師匠が……」
師匠はこんなダメな弟子にまだ気を配ってくれていた。それがクレオパスにはとても嬉しかった。
自分を迎えに来てくれないのは寂しいが、きっと何か事情があるのだろう。精霊をここに遣わしたということは、クレオパスの居場所は分かっているはずなのだ。
「ずっとお会いしたかったです、クレオパス様」
「うん。よく来てくれた」
いろいろ聞きたい事がある。精霊もいろいろ説明したい事があるはずだ。
でも、それだけしか言えなかった。精霊の目に涙が浮かんでいるように見える。間違いなく自分もそうなのだろう。
「ねえ、クレオパスさん。ふわふわと何話してるの?」
リルがクレオパスの肩を叩いてくる。こいつは『ふわふわ』なんて名前じゃねえよ、と突っ込みたかったが、まだ正式に名付けてはいないので言わないでおく。
とはいえ、こんな道の真ん中で契約していいとは思えない。他のミュコスの民より六年遅れての精霊との初対面なのだ。
「ミーアさん、家に連れて行ってもいいですか? そこで説明するので」
「え? い、いいけど……?」
とりあえずミーアに許可をとる。
「何でお姉ちゃんに聞くの!?」
のけ者にされたリルはワンワンと文句を言っている。
「まあまあ、犬獣人様、落ち着いてください」
精霊が笑いながら側に寄ってリルをなだめている。
「ふわふわ、クレオパスさんに何かされたらすぐに逃げて来てね」
いつのまにこの二人はこんなに仲良くなったのだろう。とはいえ、精霊の言葉はまだリルには聞こえないはずだ。契約をしていないミュコスの精霊は魔力のない者と会話が出来るほど力を持たない。なので会話は成立していないはずだ。
なのに何でここまで仲良くなっているのだろう。正直とても悔しい。だから、『こいつはおれの精霊だぞ』と心の中だけで文句を言っておいた。
***
クレオパスは居間で精霊と向かい合った。
部屋の中にはワクワクした目をして尻尾を振っているリルと、ミメットのかげに隠れてビクビクしているミーア、そしてそれを温かく見守っている彼女達の両親がいる。
どうしても説明する前に契約が必要なのだ。でなければ精霊と獣人達が会話を交わす事が出来ない。
「我が精霊よ。私はそなたを歓迎する」
決められた文句——こっそり本で読んだので知っている——を口にしながら精霊に魔力を送る。
契約の言葉はミュコス語でも構わないようだ。何故なのかは知らないがそう本に書いてあったので間違いはないだろう。
リルが『ふわふわに何してるの!?』と騒いでいたが、クレオパスにも精霊にも聞こえていなかった。今は互いしか見えていないのだ。
「そなたに『ビオン』の名を与えよう。精霊よ、その名を受け取り、これからの一生を私と過ごすか?」
「ありがたくお受けいたします。この『ビオン』、『クレオパス・メラン』様の支えとなりましょう」
今度は精霊がクレオパスに魔力を送った。
互いの魔力が共鳴する。
心が無になっていく。そしてそこに温かいものが駆け巡っていく。クレオパスはそれを味わうために目を閉じた。
しばらくすると、それも落ち着く。目を開けるとビオンはまだそこにいた。
でも、先ほどとは違う。彼は正式にクレオパスの『使い魔』になったのだ。
「ビオン」
名を呼ぶ。それだけで彼にクレオパスの意思が伝わったようだ。ビオンは即座に『ふわふわ』の形から
「ミャァッ!」
ミーアが悲鳴をあげた。ビオンが困ったような顔をする。
「……
「やめとけ。余計に驚くから」
少なくとも普通の人より小さい上に浮いているのだから、獣人の外見をとったとしても、自分たちとは違うという事くらいミーアにも分かる。
「ふ、ふわふわなんだよね?」
リルもぽかんと口を開けている。彼女の中ではビオンは完全に『ふわふわ』という名前になっているようだ。
「そうですよ。でも、たった今、私のご主人様であるクレオパス様に『ビオン』という名前を貰ったのです。なので、これから犬獣人様も『ビオン』とお呼びください」
「だったらリルの事も『リル』って呼んでよ。犬獣人様って何? 確かにリルは犬獣人だけどさ」
「分かりました、リル様」
「『様』もいらない! リル偉い人じゃないもん!」
いつの間にかビオンとリルが自己紹介のようなものをしている。本当に仲良くなったようだ。
「ビオン、こっちに来い」
改めて命令する。ビオンは素直にそれに従う。
これから、この精霊を紹介し、気になる事を聞かなければいけないのだ。
クレオパスはビオンと共に獣人家族と向き合った。
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