第38話 ふわふわ
「ふわふわしたもの?」
クレオパスが眉をひそめている。フランクはどうしたらいいのか分からずに彼を見つめていた。
「リルさんがそう言ったのか?」
「あ、は、はい。最近はよく追いかけっこをしてるんだって……本人が言って……ました」
フランクの返答に、クレオパスは難しい顔で考え込む。
今、二人はミーアの家のクレオパスの部屋にいる。
目の前の小さなテーブルには、ミーアが持って来てくれたジャーキーとミルクが乗っているが、どちらもそれにはまだ手を伸ばしていない。
最初の訪問以来、フランクはたまにこの家を訪ねるようになった。リルの両親はフランクの事を、ミーアの同級生でクレオパスの友人だと認識している。
実際にクレオパスとの仲は悪くはない。最近はため口で喋るようになっている。リルに対する気持ちもバレていて、時々それをネタにからかわれることもある。
ただ、今回はクレオパスの空気が重くなったせいで敬語が出てしまった。
最初はリルが心配という理由で彼女の家を訪ねた。休みの日の夕方に見えた光景はフランクを怯えさせるには十分だった。
すぐにリルの無事を確認したかったが、ミーアの友達でも何でもないフランクが飛んで行くのはおかしい。だから最初にミーアを通したのだ。とはいえ、別のクラスで仲良くもないミーアに話しかけるのは結構大変だったが。
結論から言えばリルは元気だった。おまけに収穫として『リルちゃん』と呼ぶ許可までもらったのだ。その代わり、リルはフランクを『フランクくん』と呼んでくれている。
なので、彼女の家の畑の近くで会って軽い会話を——大抵は挨拶程度だが——交わす事もあるのだ。友人の家へ行くための通り道にリル達の畑があるのはラッキーだとフランクは思っている。
今日もそうだった。何かを発見したのか笑顔になりそちらに歩いていくリルを何の気なしに呼び止めた。
それで何を見たのかと尋ねた答えが『不思議な光るふわふわがいたんですワン』だった。
いつも猫獣人の街だけで見る不思議な生き物で、ここ一週間くらいリルと追いかけっこをしてくれるのだそうだ。追いかけっこの時はそれは犬獣人の街の方にも行ってくれるらしい。
でも、それはフランクには見えなかった。だから不安になり、その日の仕事を終えて双子姉妹を送って行こうとしているクレオパスを呼び止めたのだ。
そうして今に至る。
「話を聞く限り、多分それは精霊だな」
「『セイレイ』?」
首を傾げる。フランクはそんな生き物は知らない。
クレオパスの話によると、精霊というのは生き物の一種で、肉体というものがなく、精神だけで存在しているらしい。
普段は見えないのだが、視覚化すると、小さな人間や動物に見えるそうだ。リルが見たような『光』に見える事もあるという。どう見えるのかは精霊自身の意思で決められる。
大抵の精霊は自然を好むので、森や海にはたくさんいるらしい。街にいるのはとても珍しい。
ただ、クレオパスの故郷は別で、人間に属するものがいる。子の誕生と共に生まれ、その人間と精霊生の大半を一緒に過ごすのだそうだ。
「クレオパスさんにもいるの?」
フランクがそう聞いた瞬間、クレオパスの表情がどこか固くなったような気がした。だが、すぐに元の穏やかな顔に戻す。
「いると思うけど、まだ会ってない。だから精霊の事にはそんなに詳しくないんだ」
ごめん、と寂しそうに笑う。
でもフランクは気にしていない。誰にだって苦手な事はあるのだ。フランクは計算がそんなに得意ではないし、ミーアは運動を苦手としている。
そんな事を早口で話して慰める。クレオパスが小さく笑った。場の空気が穏やかなものになる。
「本当に精霊なら何も問題はないと思う。自然に住む精霊は基本的に人の悪意には敏感だから」
そう言ってからゆっくりとミルクを口に運ぶ。
「ただ、人に属してる場合は分からないけど。基本的にそういう精霊は主人に忠実だから、悪事でも協力するかもしれない」
「え……」
さらりと恐ろしい事を口にするクレオパスに絶句してしまう。
「リ、リルちゃんは大丈夫なの?」
「分からん」
「そんなきっぱり言わないで……」
リルが危険かもしれないと思うと恐ろしくなって来る。
「いや、本当にそれだけの情報じゃ分からないんだよ。ただ、『なんとなくそこにいる犬獣人が気になって側に寄ったらなつかれて一緒に遊んでるだけ』っていう可能性もあるし」
今度は冗談めかしてそんな事を言う。どういう事だ、と尋ねると『人間だって獣人だっていろんな性格の奴がいるだろ』とさらりと返された。
それはその通りなのでうなずく。つまりクレオパスは精霊も同じようなものだと言っているのだ。
「クレオパスさんは気にならないの?」
「気になるよ。だから後でリルさんに会わせてくれって頼んでみようと思ってる」
とりあえずきちんと考えてくれていたようだ。
ただ、フランクもその精霊かもしれない生き物は気になる。
だから、会わせてくれと言ってみたが、クレオパスは困ったような顔をした。どうやら嫌がっている精霊を無理矢理視覚化させるのが難しいようだ。彼自身は魔力があるから自分だけで見るなら簡単らしい。
精霊というのはやはりよく分からない。
「とにかく、近いうちに接触するから」
クレオパスがきっぱりと言う。何も解決していないのに、なんとなく安心してしまうような口調だった。
「絶対に結果は教えてくれるよね?」
「もちろん」
クレオパスはこれまたきっぱりと言ってくれる。
きっと、この件は彼に任せておいても大丈夫だ。
「さ、おやつ食べよう」
「うん」
そう言ってからどちらからともなくジャーキーに手を伸ばした。
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