第37話 邪魔
シピはフランクが大好きだ。
だからフランクの視線が誰を見ているのかも分かってしまった。
猫獣人の街の端っこ、犬獣人の街のすぐ近くの場所で見たくないものを見てしまったのは偶然だ。だけど、シピはそこから目も耳も離す事が出来なくなってしまった。
「あれ? フランクさん、また来たんですか?」
「こんにちは、クレオパスさん」
「にゃあ! なに二日連続で来てるのよ! 勉強の邪魔!」
「だから話が聞きたいって言ってるじゃないか。ミーアに会いに来たわけじゃないんだから関係ないっ!」
「何よ、その言い草! ムカつく! フーッ!」
「わんわーん! わんわんわわん!」
「おかえり、リルさん。ってかめちゃくちゃ買ってきたな。袋でかっ」
「おかえり、リルー!」
「わんわーん!」
「こ、こんにちは、リル……ちゃん」
「フランクくんじゃないですかワン! 今日も来てるんですかワン? ワンワン、家の中で獣人共通語使うの面倒ですワン。なんとかしてくださいワン」
「ご、ごめん」
「リルさん、腕叩くなって。分かったから。フランクさんにも魔術かければいいんだろ。ほら、これでいい?」
「わーんわんわん!」
「ありがとうございます。すみません」
「ほら、フランクさんもそんなに落ち込まないでくださいよ。リルさんの面倒くさがりは今に始まった事じゃないんだから」
「わん!? わんわんわんわんわんわんっ!」
「はいはい」
「リルー! おやつの用意するからそのジャーキーの袋渡して」
「わんわーん!」
そんな会話を交わしてからみんなは家の中に吸い込まれていった。
端から見れば、フランクは普通にミーアの家族や友人と会話をかわしているだけだった。でも、その目はキラキラと輝いていた。
「あんな犬と猫の混じりっ子が……」
憎々しげにそうつぶやく。
猫獣人ではない、でも犬獣人でもない変な獣人。それが大好きなフランクに近づいているのだ。
最初にフランクがミーアに家を訪ねていいかを聞いた時は、許可なんて下りないと思っていた。なのに、次の日にはもうフランクはこの家に出入りを許された。
ミーアの両親や、あの人間は何を考えているのだろう。あの時のミーアも話をする事を渋っていたのだ。そんなに簡単に許可を出してもいいものなのだろうか。
大体、畑の中で人が飛ばされるというのは異常現象である。
やっぱりあの家はどこかおかしい。家の中に迷い人間を受け入れている時点で、彼らがおかしいのは分かっていたが、改めて『変だ』と思うのだ。
そんな変な家にフランクが出入りしているのはとても気に入らない。そして犬獣人の街で作られたお菓子を食べるのも気に入らない。
なんとかフランクをあそこから引きはがしたい。
「人間なんかが来るからフランクくんがあんな女にひっかかって……」
不満たっぷりでそうつぶやく。間違いなくフランクがあんな女に近づいたのはあの『勉強会』からだ。
あの犬獣人は獣人共通語で話すのは面倒くさいと言っていた。なのに、あの人間の助けを借りておしゃべりをしているのだ。あの犬獣人はわがままな上に贅沢なようだ。
あの人間が何をして言葉が通じるようになったのかは分からない。そんな事が出来るなんてやはり人間は変な生き物だ。
それにしても、あの人間は何故あんな犬獣人の言いなりになっているのだろう。嫌な事は嫌だと言わなければあの女は助長する。
惚れているのだろうか。それでも甘すぎると考え、はっとする。今、自分は凄いことに気づいたのかもしれない。
「もしかして、あの人間を利用すれば……」
つぶやくだけで心がわくわくする。
これなら誰も傷つかない。ミーアの妹の犬獣人は人間と、フランクは自分と一緒になる。ミーアはいずれ素敵な男子を見つけて一緒になるだろう。
こうなればすぐにあの二人をくっつけないといけない。それには二人に近づかないといけない。
シピは少しだけ悪く見える顔でほくそ笑み、その場で作戦を考え始めた。
***
あばら屋の中で男が数人迎え合っていた。
その中の一人が、見たものについて説明する。
彼らのターゲットの一つである獣人の家に出入りするハンサムな猫獣人の少年。そしてその少年に恋いこがれている少女。どちらなのかは分からないが、彼女に邪魔者扱いされている双子獣人の片割れ。
最後に話された獣人少女の『計画』に男達は笑みが隠せなかった。
どうしてその計画が分かったかといえば、その猫獣人の少女が、考え事を思い切り口に出していたからだ。
ただ、嫉妬の対象がどちらなのかは分からなかった。彼女は『あの子』と言っていたからだ。
その計画は男達にも好都合だった。これを利用すればあまり動かずに獣人姉妹のどちらかを攫えるかもしれない。
話を聞く限り、獣人姉妹はミュコスの民である迷い人に好意を持っているようだ。
男の一人が迷子のフリをして猫獣人に近づき、徐々に親密になったあげく『駆け落ち』に見せかけて見せ物小屋などに売りとばす、という計画は最初の時点で失敗した。
あの猫獣人は思ったより警戒心が強く、おまけに美貌に定評のある男の魅力に全くかからなかった。
おまけにそこに駆けつけたミュコスの民に魔石まで奪われてしまった。あれが調べられでもしたら大変な事になってしまう。
男によると、そんなミュコスの民の『勇姿』を猫獣人の少女はうっとりと見つめていたという。そして、犬獣人の少女はしっかりと彼のサポートを頑張っていたそうだ。
あれは本人にとってはショックだったようだ。今まで何度かそういう作戦で成功して来たし、今回もそれで上手く行くはずだったのだ。
彼は『あの獣人たちの好みはおかしい』と何度もぶつぶつ言っていた。自信をある程度喪失してしまったのだろう。
きっと今頃はその男によって彼らの情報は洗われ始めているだろう。と、いう事は獣人家族もその情報を共有している可能性がある。それは彼らにとって、とても迷惑な事だった。このままあのミュコスの民とあの獣人家族を放っておけば、自分たちは捕らえられてしまう事になるかもしれない。それはどうしても阻止したい。
あの後、魔石を取り返そうと、獣人の家に忍び込もうとはした。だが、見えない何かに思い切り阻まれてしまった。
使われていたのは魔術なのだろう。ミュコスの民は国民全員が魔術を使えるという事で有名な国なのだ。
忍び込もうとした者によると、その直後に窓からあのミュコスの民が冷たい目で見下ろして来たという。つまり『この家は自分が守っているんだ。あまり甘く見てくれるな』と宣言された事になる。
邪魔なミュコスの民を暗殺する、という計画も持ち上がっていないわけではない。だが、あの男はなかなか一人にならない。そして獣人といる時は周りを魔術で守っているので毒矢も使えない。
どうにかあの男を排除出来ないものか、と考えた所で来たのが今回の情報だ。
その女の作戦が成功すればきっと獣人姉妹の仲は険悪になる。そして間違いなく落ち込む。そこにつけ込めばいい。
ミュコスの民である男についての対策も今考えている。一番の候補が、彼をミュコスに帰してしまう事だ。彼が迷子なのだという情報を彼らは持っている。そして、彼のフルネームも知っている。
上手くいけば彼の家族に接触出来るかもしれない。そうしてうまく言いくるめ、家族に迎えに行ってもらうのだ。ついでに嫁として双子のどちらかも連れて行ってくれればありがたい。
とりあえずボスにこの事を報告しておかなければいけない。そうして指示をあおぐのだ。
重要事項を確認し、男達はそれぞれの目的地に動いて行った。
でも、彼らは知らない。計画を話し合う事で、自分たちも全てを喋ってしまっているという事に。
***
「わう?」
いつもの学校の帰り道でリルは首をかしげた。
家の近くでふわふわとしたものが空を漂っていたのだ。
「何これ?」
立ち止まってじっとそれを見る。
それは光のように見える。でも、そうではないのは分かる。何だか、生きているようだと感じた。
蛍だろうかと思う。でも、昼間に蛍が光るなんていう事はありえるのだろうか。
試しに手でちょいちょいとつついてみる。光のようなものは、ビクッとしたように震え、その場から離れようとする。
「あ、待って!」
変な生き物だ。何か判明しないうちは気になって仕方がない。
リルはそれを追いかけることにした。
そのせいでシピが声をかけそびれた事など、リルは全く知らなかった。
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