第36話 素直すぎる少年
クレオパスとリルは何でもないようだ。それがミーアの心を嬉しくさせた。
それと同時に心が苦しくなるのも分かる。母の言葉が頭を離れないのだ。
——だって、クレオパスくんはうまくいけば夏か秋には北半球に帰っちゃうんでしょ?
その通りだ。クレオパスは家に帰る方法が分かればここから去ってしまう。それが彼のためにもいいのだとミーアも分かっていた。
だから気持ちを自覚してはいけなかったのだ。でも、その気持ちはまだミーアの中に留まっている。
これが恋というものなのだろう。
いずれ離れるのはとても寂しい。でも、突然帰ってしまうより『いつか帰る人だ』と分かっている方が辛くないのかもしれない。
だったら今のうちに素敵な思い出でもつくっておいた方がいいだろう。
近いうちに大きなテストがある。それでまた一番をとって、今度は本当にクレオパスに自慢しようと考える。きっと優しい笑顔で褒めてくれるだろう。いや、絶対に褒めてくれるはずだ。
——ミーアさん、すごいな。本当に頭がいいんだな!
そうなった時のクレオパスの台詞を想像していると気分がよくなる。
よーし! フランク君なんかに負けないぞー! とミーアは心の中で拳をあげた。
「ミーア」
「にゃ!?」
そんな事を考えながら歩いていると突然フランクに話しかけられた。
「噂をすれば……」
「え?」
思わず考えた事を口走ってしまう。
「ミーア、ぼくの事考えてたの?」
「今度のテストの事を考えてたの」
きちんと訂正しておく。ミーアの好きなのはクレオパスだ。帰るとか帰らないとかは関係ない。ミーアはクレオパスが好きなのだ。
「大丈夫。首席はぼくだから」
「あたしよ!」
当たり前なのだが、この点に関していえばミーアとフランクはものすごく意見が合わない。フーッ、とお互いに威嚇する。
「あんた達何やってるの? 廊下の真ん中で」
通りがかった友人のイージスが呆れ顔をしている。よく見ると、二人は周りの注目の的になっていた。何人かの女の子がミーアを睨んでいる。
「だってミーアがぼくの首席をまた横取りしようとするから」
「誰も横取りなんかしてない! 実力だから! っていうか何が『ぼくの首席』よ! 何なの、その絶対的な自信は! ムカつく!」
つい言い返してしまう。『ミーアなんかが勝てるわけないのに生意気』なんていう女の子のひそひそ話まで聞こえて気分が悪い。女子達の所にも行って『フーッ!』とやりたい気分だ。
「もう、いい加減にしなよ二人とも」
イージスがやれやれというような目を向けて来る。申し訳ないが、首席の件に関してはミーアは引くつもりはない。
「ところで、ミーア」
「何?」
フランクの方は喧嘩している場合ではないと思ったようだ。そういえば、話の本題がまだだった。
「週末、大変だったみたいだけど……みんな、大丈夫だった? えっと……その……ご家族は」
思いがけない事を言われ、ミーアはきょとんとする。
確かに週末は大変だった。迷子のフリをした悪者が来て、それをクレオパスとリルが追い払ってくれた。
ミーアはそういう認識だったが、クレオパスはまだ終わっていないと思っているようだ。
そう考えると恐ろしいが、クレオパスがいれば大丈夫だと思える。
それにしても、どうしてフランクがそんな事を知っているのだろう。そういえば、休み明けの一日目に登校した時、みんなにじろじろ見られて何だろうと思った事を思い出す。みんなもあれを知っていたのだろうか。
ポピー先生からは心配の声をかけてもらったが、あれは母が報告したのだと思っていた。
「ほら、なんか男の人? が吹っ飛んでたし……」
首をかしげていると、フランクがおずおずと説明を付け加えてくれた。
「あれ、見えたの?」
「大体見えてたと思うよ。私も見たもん。弟達は『面白い』とか言ってたけど、あれ催し物じゃないよね?」
イージスもそう言う。そして周りからも同情的な視線が飛んで来た。
「……うん。そうね」
悪者だとか、誘拐犯かもしれなかったとか、みんなの前では言いづらい。言ったら大騒ぎになるだろう。あの畑は猫獣人の街にあるのだ。
「あれは何?」
「ああ……えっと……にゃぉ……」
そうっと目をそらす。そしてまた『にゃぉ』と言ってしまった。母が聞いたら大笑いをするだろう。
「……ミーア」
「『にゃぉ』じゃなくてさ」
イージスとフランクは苦笑している。
「だって両親にも関係のある事だし、勝手に言っていいのか分からないから」
「じゃあご両親の許可があればいいんだね?」
「へ?」
「今日家に行くから」
「え?」
フランクがわけの分からない事を言っている。ミーアはきょとんとする事しか出来ない。
「え? やだぁ!」
女の子達がわーわー言っているが、『やだ』と言いたいのはミーアの方だ。
何と言ったらいいのか分からない。
さすがに『あたしにはクレオパスさんがいるの』とは言えない。片思いなのだ。クレオパスだって嫌だろう。
その間も女子達は『フランクくんがミーアを好きだなんて!』とか、『あの子は半分犬なのに!』とか騒いでいる。
「待って! ぼくはミーアの事なんか好きじゃないよ!」
そしてフランクはまたとんでもない事を言った。
「ニャ?」
低い声が出てしまった。フランクがびくりと震える。
「そ、そうじゃないんだ」
「違うなら何でうちに来るのよ!」
「ぼ、ぼくは好きな人がいて……ミーアじゃないけど、今回猫の街で飛ばされた人がいるのが気になって、それで好きな人が心配になって……ミーアじゃないけど。それで情報収集のためにミーアの家に話が聞きにいきたいだけだよ。でも決して好きなのはミーアじゃないから!」
フランクの顔を引っ掻いてもいいだろうか、とミーアは静かに考えた。『ミーアじゃない』と言い過ぎだ。他の女子もくすくす笑っている。ミーアだってフランクが好きなわけではないのに振られてるみたいだ。
「馬鹿にしてるの?」
明らかに急降下した機嫌を見てフランクは慌てる。『そ、そうじゃない!』と言っているが、何が『そうではない』のだろう。
「ととと、とにかくご両親に聞いてほしいんだけど」
「絶対に嫌!」
即答する。フランクはがっくりしているが、当たり前だ。
周りの女の子が『フランクくん、大丈夫? わたしがかわりにミーアの家に行ってご家族に聞いてあげる』などと言っているが、また大騒ぎになりそうなので面倒だ。
「わかったわよ! 聞けばいいんでしょ! でも聞くだけだからね。ダメだって言われたらそれまでだから」
とりあえず譲歩しておく。きっとダメだと言われるはずだ。
「うん。聞くだけ聞いておいて」
ミーアの言葉を聞くと、フランクは嬉しそうに尻尾をピンと立てた。そんなにこの間の事が気になっているのだろうか。好きな女の子の為にご苦労な事だ。
「じゃあ、あたし教室戻るから」
そう素っ気なく言って、ミーアは宣言通り自分の教室に入っていった。
首席をとるには今以上に勉強する必要がある。
よーし、頑張るぞ、とミーアはもう一度心の中で気合いを入れた。
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