第34話 部屋の中で
質のいい椅子に座っている初老の男性が彼の報告を聞いていた。話していくうちにどんどん不機嫌になるのが怖いが、仕方のない事なのだろう。
この報告で男が不機嫌になるであろう事を彼は知っていた。そしてそれが予想通りになっただけだ。
「では、その『ナンパ作戦』とやらは失敗したのか?」
男の言葉に彼はこくりとうなずく。
それを見た男は深いため息をついた。
「愚かな。……そして、何をやっているんだ」
最初は吐き捨てるように、そして後半は呆れたようにそんな事を言う。
「なあ」
男が声をかけて来る。
「わたしは間違っていると思うか?」
静かな声でされた質問に彼は首を振る。これは彼と男がよくやるやり取りだった。ここ最近では毎日される。多い時には一日三回くらい聞かれる事もある。
違う答えを返す事は出来ない。彼も男が間違っているだなんて思いたくないし、そうであるべきではないのだ。
その返答に男は安心したように微笑む。
「それで? その獣人の少女を、今は『クレオパス』が守っているのか?」
彼はうなずく。それは確かにこの目で見た。
「証拠の魔石も持っていると言っていたな」
それにもこくりとうなずいた。それを見て、男はため息をつく。
「だったら何とかしてこちらが手に入れなければならないな」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。彼がぽかんとしていると、男はくつくつと笑う。
「こんな事があったんだ。きっと相手はこちらに接触して来る。その時に有利になる物は持っていた方がいい。必ず手に入れるんだよ」
怒っているのだから当たり前なのだが、その言葉は氷のように冷たく響いた。
「接触しなかったら?」
「あちらはわたしに行き着ける証拠を持っているんだ。接触する理由もある。絶対に来る」
不安そうに尋ねた質問はきっぱりした言葉で返された。
「お前はそろそろあちらに戻れ。そしてその獣人の家を見張っていろ」
「もしあちらに見つかったらどうすればいいですか?」
「そうだったら関わればいい。そうすれば魔石も手に入れやすいだろう。上の許可もあるのだから何も心配する必要はないんだよ」
怒りを抑えた笑顔でそんな事を言う。『許可』というところが引っかかっているのが分かる。本来なら許可なんかなしで強行してもいいはずなのだ。むしろ強行しなければいけない方がおかしい。
上からの圧力が不満なのだということがよく分かる。もし彼らが上に立つのに納得出来る行動をとっていたら、そんな事は思わなかっただろう。でも、そうではない。
つい先日も彼らはとんでもない事をやらかした。そしてそれは男を激怒させた。もし、最悪な結果になっていたら男は彼らを絶対に許さなかっただろう。それは彼も同じ気持ちだ。
「分かりました」
だから男の言う通りにする。
男は彼の返事を聞くと満足そうにうなずいた。
「いい結果を待っているよ」
彼は無言で一礼してその場から離れた。
「『クレオパス』」
いずれ接触する男の名前をつぶやく。その日がとても楽しみだ。
「ちょっと待て!」
男が急に呼び止めて来る。そうして何かを放り投げて来た。
「必要だろう。持って行け」
「はい」
反射的に返事をする。男が立ち去った後でそれをよく見て、思わず苦笑が漏れてしまった。
確かに、これは『必要』だ。
もう一度苦笑してから彼は今度こそクレオパス達のいる場所へ戻って行った。
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