第33話 ネームバリュー
「どういう事だ?」
男は混乱しているように見えた。それは人数が増えているせいでもあるのだろう。二人しかいなかったはずなのに、いつの間にか五人になり、おまけにその中に人間まで混じっているのだ。
「お目覚めですか?」
声をかけたが、なんだか格好付けたようになってしまった。おまけになんだかこちらが悪者みたいな台詞だ。
「えっと、俺は確かあの生意気な猫女どもに吹っ飛ばされて……何故か犬女に蹴られて……」
ぶつぶつと状況整理をしている。本人は真面目にやっているようだが、その姿はとても滑稽だった。そして彼を吹っ飛ばしたのはミーアでもミメットでもない。
「お前、誰だ?」
懐に手をやりながらクレオパスに尋ねて来る。そこに武器でも隠し持っているのだろうか。
「私はクレオパス・メランと申すものですが、あなたはどちら様でしょうか?」
クレオパスが丁寧な口調でそう言うと、男の目が見開かれる。
「メラン……ってミュコス国のナンバースリーの……あのメラン家?」
その言葉を聞き、意味を理解した瞬間、クレオパスの口から自然と乾いた笑いが出て来る。男が怯えたようにびくりと震えた。
どうやら諸外国ではメラン家はまだ『ミュコス国ナンバースリーの一族』という認識のようだ。
ミュコス国はいくつかの『一族』により構成されている。そうして『ミュコスの王家』と呼ばれる二家——シンガス家とオチョア家——に次ぐ一族がメラン家だったのだ。
それはホンドロヤニスが壊した。あの罪でメラン家の信用や権力は一気に落ちたのだ。『王家の姫君』と敵対すればそうなるのは必然なのだ。
馬鹿みたいだと思う。『生みの親が壊したもの』に、今、クレオパスが守られているのだ。
「そうですね。きっとあなたが認識しているメラン一族で間違いはないと思いますよ」
「……っ!」
「それで……あなたは……どちら様ですか?」
悔しそうに唇を噛む男にもう一度、今度はゆっくりと、そして冷たい声で尋ねる。
「私は旅人です。道が分からなくなって、やむなくここに立ち寄ったんです。話し声が聞こえたので。し、私有地だなんて知らなかったんです」
男が口を開いた。だが、それは嘘だと分かる。態度がわざとらしすぎるのだ。
「街を出る方法はきちんと教えましたニャ」
ミメットが補足している。
「だったらあなたがまだここに留まっているのはおかしいですね」
「チッ! 迷子のフリすりゃ簡単に入り込めるんじゃなかったのかよ」
追い打ちをかけると男は舌打ちをした。おまけに小声で変な事を言っている。
これは十中八九クレオパスのせいだ。噂でも聞いたのだろうか。間違いなくクレオパスは目立ちすぎたのだ。
それにしてもこれは問題発言だ。獣人親子が気にしなければいいが、と考えて、ちらりと彼らの方を見たが、何の反応もしてない。
そういえば通訳魔術は対自分だけの設定にしていた。男は彼の母国語で喋っているに違いない。
でも自分は聞いてしまった。そして聞かなかった事には出来ない。
「え? 今、迷子の『フリ』と言いましたか?」
さらっと指摘してやると男は息を飲む。
「何で……」
「『何で』と言うという事は本当なんですね」
男はあわあわとしている。余計な事を喋れば、クレオパスに筒抜けになってしまうという事が分かったからだろう。使っている言語の名前くらいは聞きたかったのでとてもとても残念だ。
それにしても追いつめたのはいいが、尋問というのはどうやればいいのだろう。クレオパスには全く持って経験がない。
脅す為に攻撃を加えるというのは知っているが、相手は魔力持ちではないかもしれないのだ。そうだったら後々問題になってしまう。
しばらく二人の間に睨み合いが続いた。お互いにどう出るべきなのか探っているのだ。
男が一瞬馬鹿にするような笑みを浮かべた。そうして懐に手をやる。次の瞬間、クレオパスはかすかな魔力の気配を感じた。
魔力は彼が手を入れた懐の方から漏れ出ている。魔力持ちなら体全体から魔力の気配がするはずだ。
これは間違いない。魔石だ。
《マリョックヨ、コーイシトナリテ……》
男がたどたどしい発音で呪文を唱えるのが聞こえる。どうやら軽い石つぶてをぶつけるつもりのようだ。
攻撃するには弱いものだ。間違いなく届かない。
でも軌道上にはミーア達もいる。クレオパスがそれに気づく事は相手も想定済みだろう。きっとクレオパスが獣人達を守っている隙に逃げる作戦なのだ。
おまけに、相手は呪文に集中しているせいか隙だらけだ。
舐められているのが腹立つ。なので術を発動しようとした瞬間にそれを一瞬で無効にしてやった。詠唱している間にこっそりと魔術式を組み立てておいたのだ。
「その程度の魔術で私に抵抗するつもりだったんですか? 私はミュコスの民だと言ったでしょう?」
唖然としている男に冷たい声で言い放ち、近くに歩み寄る。
これくらいの魔術を無効にするのは簡単な事だ。十歳くらいならもう出来る。だが、そんな事は言わない。相手が『こいつは強い』と思ってくれるならそれに超した事はないのだ。
「魔力持ちではない獣人達に攻撃系の魔術を放とうとしていたのは許せる事ではありません。そんな者が魔石を持つのは私が許しません。全部没収させていただきます」
「は?」
「出せ、全部」
低い声で命じる。これはクレオパスの独断だが別にいいだろう。もちろん、クレオパス本人が使うわけではない。シンガス家の者が来た時に証拠として手渡すのだ。そうすれば、黒幕の魔術師も分かるはずだ。
「も、もう持っていない」
なのに、相手はまだ抵抗している。
「へぇー、そうなんですか? おかしいですね?」
そんな事を言いながらチラチラと視線を彼の体のあちこちに向けると、相手はひるむ。そうして仕方がなさそうに次々と魔石を出し、クレオパスに手渡してくれた。ハッタリだったが上手くいってよかった。
大ぶりの魔石が五個。それもとても上質な物だ。
こんなものを持っているという事はやはり黒幕は王族なのだろうか。そう思った瞬間、クレオパスは腹に衝撃を受けた。
隙を見せてしまったのだろう。痛みでうずくまると、頭にかかと落しをされる。続いて肩を思い切り蹴られた。
相当蹴りが強かったのか頭がくらくらする。だが、取り上げた魔石だけは死守した。でなければ何の為に没収したのか分からない。
「さっきの犬女がやったののお返しだ! 恨むなら犬女を恨めよ!」
そう言って畑の出口の方に走って行く。最初は荷馬車を奪おうとしていたようだが、カーロとリルに威嚇されてやめたようだ。
最初はそれでも強行しようとしていたが、『クレオパスさんに三発入れたんだから、リルもあと二回はキック出来るよね?』とリルに怒鳴られ怯んでいた。あれは相当痛かったに違いない。
そしてリルは相当ご立腹のようだ。当たり前だ。あんなものを自分のせいにされれば誰だって怒る。今は全員に通訳魔術がかかっているのだ。
怒っているのはクレオパスも同じだ。この男をこのままみすみす逃がすつもりはない。まだ聞かなければいけない事が山ほどあるのだ。
クレオパスは痛みと気分の悪さを我慢して立ち上がった。
リルも同じ気持ちのようでワンワンと吠えながら男を追おうとしている。その腕をミメットが慌ててつかんだ。
「やめなさい! リル! クレオパスくんも!」
「だって!」
ミメットの止める声に二人で同時に反論しようと声をあげた。それを見て、残りの三人が呆れた顔をした。それは直後にクレオパスがふらついたせいもあるのだろう。
「……何でそういうとこ似てるのよ」
「お姉ちゃん、そんな事言ってる場合じゃないの! 悪者が逃げちゃうよ! ちょっと、ママ、離して!」
「逃がしときゃいいでしょ。わざわざあなた達が危険な目に遭う事ないの!」
ミメットがガミガミ叱っている間にカーロはクレオパスを持ち上げて荷馬車に降ろした。暴力を振るわれた直後なんだから無理するな、と言われる。
完全に子供扱いである。
「まだ……尋問が……おわって……ません」
「でも追ったら殺されちゃうかもしれないでしょ!」
「おれはそんなヘマは……」
「さっき思い切り蹴られておいて何言ってるのよ!」
何故かミーアが目に涙を溜めながらにゃあにゃあと怒っている。
「クレオパスさん、喧嘩は弱いんだね」
そこにリルとミメットも乗り込んで来た。リルは思い切り厳しい事を言っている。その通りなので反論は出来ない。
こうなったら素直に帰るしかない。でも悔しい。リルも同じ気持ちのようで小さな声でウーとうなっている。
この調子では、クレオパスが師匠の元に戻るのはずっと後になるかもしれない。その覚悟はしておいた方がいいだろう。
ふぅ、とため息を吐く。その時、ふと、クレオパスは何かの気配を感じた。魔力に似ているが何か違う。敵対もしていないようだ。殺気や悪意は感じないのだ。
何だろう、と考えているうちにそれは消えた。
変な感じだ。わけがわからない。
「どうしたの?」
クレオパスの様子がおかしかったからだろう。リルが不思議そうな顔をしている。
「いや、ちょっと気になる事が……」
「休みなさい!」
すかさず猫獣人母娘に叱られてしまった。仕方なく引っ込める事にする。
家に着くと、夕食が出来るまでベッドで休んでて、と言われた。大丈夫だ、と言っても聞いてくれない。ぐいぐいと自室に追いやられ、あっという間にベッドに放り込まれてしまった。
ただ、魔石を守る為の袋は用意してもらった。それに丁寧に魔石を入れ、袋ごと守りの結界を張っておく。そしてそれをしっかりと服の中に隠しておいた。
「一体何だったんだろう」
ベッドの中で先ほどの気配の事をぼんやり考えながらも、今日の疲れと睡魔が襲って来る。温かい布団の中でクレオパスはゆっくり眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます