第32話 ミーア達の元へ
休憩と魔力回復の為に荷馬車の中で仮眠をとっていたクレオパスは違和感を感じて飛び起きた。
「どうしたんだ? クレオパスくん」
カーロが驚いたように尋ねて来る。
ここは犬獣人の街のすぐ近くだ。もうすぐカーロの家に着く。本来ならそこでミメットとミーアが美味しい夕食を用意してくれているはずだった。今日はローストビーフだと言っていたので、三人とも——特にリルが——楽しみにしている。
「魔力が動いてます」
それだけを言った。リルが息を飲む。
「お、おねえちゃ……」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
「何が大丈夫!?」
「魔術はきちんと発動してる。おれの魔力が動いてるってのはそういう事だ。ちなみにおれが死なない限りは有効だから」
「なにそれよく分かんない!」
「だから、あのアミュレットはおれの体内の魔力を使って動いてるって事だよ。だから大丈夫!」
混乱しているリルをなだめている間に馬車の速度が上がった。
「それでクレオパスくんの魔力は大丈夫なのか? 減りすぎたりはしないか?」
「はい。少し休ませていただきましたのである程度は回復しています。これくらいなら全然平気です」
確認をとると、カーロは馬に集中する。
「リルも頑張ってお姉ちゃん守る!」
リルが何やら拳を握って張り切っているが、彼女も危ないのだからじっとしていて欲しい。
そんな事を考えている間に荷馬車は無事にカーロの家まで着いた。だが、二人はいない。
カーロは顔面蒼白になっている。リルもワンワン吠えながらあちこちを走り回っていて落ち着かない。家族の事なので当たり前なのだが、落ち着いて欲しい。とりあえずゴミ箱や食器戸棚の中にはミーア達はいないはずだ。リルが何故そんな所を探しているのかさっぱり分からない。きっと混乱しているのだろう。
ここはクレオパスがしっかりするしかない。ここにいないならどこにいるか検討は着いている。
二人が帰れないのは本当だろう。でもその理由がカーロ達の予測とは違うのだ。
「カーロさん、馬車借りますよ!」
「ちょっと、こんな時にどこ行くの?」
「畑だよ!」
クレオパスの短い返答に、リルが『あっ!』とつぶやく。そうしてクレオパスが乗っている荷馬車に飛び乗って来た。
「リルも行くよ! パパ、留守番よろしくね!」
「リリリリルまでどこ行くんだ!」
「だから畑! だって悪者の狙いって最初は作物だって言ってたじゃん! きっと来てるのは泥棒さんなんだよ!」
じゃあ行ってきまーす、と手を振っている。
「リル、パパも行……」
カーロの言葉が終わらないうちにリルが馬に鞭を当ててしまった。おまけに『ぐずぐずしないでよ! クレオパスさん! ママとお姉ちゃんのピンチだよ!』と叱られてしまう。そして手綱もとられてしまった。
家から畑はそう遠くない。二分も経たないうちにクレオパスとリルは畑に着いた。
「何しやがるんだよ、このくそ猫ども!」
最悪な暴言が聞こえて来る。その直後にクレオパスの魔力が動いた。どうやら声の主は何度も飛ばされているらしい。それでも諦めないのは上からの指示があるという事だろうか。それともただ単に馬鹿なだけだろうか。
「お姉ちゃん!」
リルが男の暴言に慌てて荷馬車から降りた所で空から若い男が降って来る。
「ニャア! リル、危ない!」
ミーアの声がする。クレオパスは急いで防御の結界を張った。
男は結界に勢いよくぶつかり、地面に叩き付けられる。この男には、前にミーアにしてあげた魔術クッションなど使ってやる価値もない。結界も固いものにしてやった。
「お姉ちゃんとママに何しようとしてたの! 犬キック!」
リルが何故か倒れた男にそんな事を言いながらキックをお見舞いした。おまけに靴も脱いでいる。犬の鋭い爪付きの足で蹴られたら相当痛いだろう。でも同情してやる気はない。むしろいい気味だ。
それにしても『犬キック』というのは技名に全く捻りがない。
「リル! 危ないでしょ。急に飛び出しちゃダメ! それからお父さんの馬車を勝手に使うなんていけな……」
「ワンワーン! お姉ちゃん、無事で良かった!」
ミーアの注意なんか全く聞いていないリルは嬉しそうに姉に飛びつく。愛情たっぷりのそれは、もちろん弾かれたりしない。ミーアも表情を緩めて妹を抱きしめ返した。
「クレオパスくん、あら、リルまで」
ミメットも姿を見せた。クレオパスはほっと息をつく。リルは『ママー!』と叫んで母親にも甘えている。
男はクレオパスが見た所ではどうやら気絶してしまっているようだ。でも、起きたら困るのできちんと見ておく事にする。
「ミメット! ミーア!」
カーロも走って来た。
「あ、パパ」
「リル、パパを置いて行くなよ!」
「だってぐずぐずしてるんだもん。あ、鍵って閉めたっけ?」
「うん。パパが閉めといた」
「ありがと」
リルとカーロがなんとも気の抜けるやり取りをする。空気が和やかになっていった。
だが、そこで終わりにはならない。ここにはミーア達を狙おうとした極悪人がいるのだ。
「うぅ……」
そうしてその男の口からうめき声が聞こえた。一晩中気絶していても良かったのに、と心の中で悪態をつく。でも、そんな事は言っていられないので獣人親子を背にかばいながら男が起きるのを見つめる。
それにしても見た目からして気に食わない男だ。その見目でたくさんの獣人の女の子をたぶらかして酷い目に遭わせて来たのだろう。こんな男を絶対に許すわけにはいかない。
「えっと……何が……?」
まだ目覚めたばかりで状況が分かっていない男を、クレオパスは厳しい目で睨みつけた。
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