第31話 見知らぬ人間2

 悩みを母に打ち明けた後は気持ちがある程度スッキリして、お手伝いもはかどった。おかげで夕方にはほとんどの作業を終わらせる事が出来た。


「にゃぅーーーーーんっ!」


 満足いっぱいの心でうーんと伸びをする。今日はいっぱい働いた。


「お母さーん、先に帰って夕食の下ごしらえしてこようか?」


 やる気たっぷりで母に聞く。

 いつもはあっさりと許してくれる母なのに、今日は困ったような表情を浮かべた。


「大丈夫なの? 一人で。今日はカーロもクレオパスくんもいないし」


 そう言われると、とても不安になって来る。だが、頼れる相手の一人にクレオパスがいるのは、まだいい気がしない。


「多分……大丈夫だと……思う……」


 だけど、心配でもあるのだ。クレオパスがいない隙に悪者が来ないとも限らない。


 とりあえず、『何でまだ帰って来ないのよ! 遅い!』と心の中だけでクレオパスを責めてみる。先ほど、三人が帰ってくるのに合わせて美味しいご馳走を出来立てで食べさせたいと思った事は忘れていた。


「もう、あと少しでこっちも終わるから一緒に帰ろう。それで一緒に料理しましょ」

「うん。わかった。じゃあ温室の入口で待ってるね」

「いい子」

「にゃぁーん!」


 久しぶりに母に頭を撫でられ、機嫌がよくなる。


 温室の入口でニャニャニャと鼻歌を歌いながら待つ。


 この短時間なら大丈夫だ。髪にはクレオパスのくれたアミュレットとかいう名前のヘアクリップのお守りもつけてある。これで不良品だったらクレオパスが悪いのだ。


「あの……そこのお嬢さん」

「ニャ?」


 突然獣人共通語が聞こえた。何の気なしにそちらを見てビクッとしてしまう。


「だ、誰ですニャ?」


 慌てて数歩遠ざかり尋ねる。少し暗くなってきたがミーアには見える。話しかけて来た者は獣人ではなかった。


——もし、誘拐犯がミーアさんを狙ってるんだったら、きっと何をしているか見張っていると思う。女しかいない明日は絶好の機会だろうから気をつけておいた方がいいよ。


 昨日、ジュースを飲んでる時に改めてクレオパスに警告された言葉を思い出す。

 この男は誘拐犯かもしれないのだ。警戒は怠らない方がいい。


「こ、ここここここはあたし達の家の敷地内ですニャ。ふ、不法侵入ですニャ。さ、さっさと出て行ってくださいニャ!」


 怖い。怖くて足がすくむ。やはりまだ人間は苦手なのだ。


 それに、この男の髪色はミーアを苦しめたあの男達に似ている。

 クレオパスの灰色がかった黒髪が懐かしかった。早く来て欲しいと心から願う。


 でも、今はそんな事を言っている場合ではない。ミーアがしっかりしなくてはいけないのだ。そうでなければこの男を追い出す事が出来ない。何故か私有地に入って来た上に、それを指摘しても出て行かないのは怪しい証拠だ。


「そっちが出口ですニャ!」


 勇気を振り絞って叫び、出口の方を力一杯手で指した。


 その声を聞きつけたのか母がこちらにやって来る。


「どうしたの? ミーア」

「お母さん、この人間、不法侵入者よ! 注意したんだけど、出て行ってくれないの!」


 ミーアの言葉に母も顔色を変える。


「うちに何か用ですかニャ? 娘も言ったと思いますが、ここは私有地ですニャ。出て行っていただけるとありがたいですニャ」


 母の言葉に人間の男は困ったような顔をしている。


「私は旅人なんです。夕方までにこの猫獣人の街を出たいと思っているのですが、道に迷ってしまって……。日も暮れ始めてしまって本当に困ってるんです。それで話し声が聞こえたので道案内をしてもらえないかと思ってここに寄ったんです。驚かせてしまったのだったらごめんなさい」


 心底申し訳なさそうに言う。嘘か本当かも分からない。


「に゛ゃぉぉ?」


 疑いのあまり低い声が出てしまった。


「ご、ごめんなさい。ご迷惑な事は分かっているんです。でも、困ってて……」

「それなら道を教えますニャ。そうすればあなたも安心ですニャ」


 母が笑顔でそんな事を言う。ミーアもそれには賛成だ。そうすればこの怪しい人間の男はこの畑から出て行ってくれる。


 母の説明は丁寧だった。目印も分かりやすい物を選んでいるのが分かる。これなら迷子さんも安全に街を出られるだろう。


「え……っと?」


 なのに迷子さんは首を傾げている。とぼけているのだろうか。それともただの馬鹿なのだろうか。

 分からない。でも、早くどこかに行って欲しいのは変わらない。


「こういう建物と言われても分かりません。どうか直接お嬢さんが道案内をしていただけませんか?」

「無理ですニャ!」


 即答する。


「あたしは両親から知らない人についていってはいけないと言われていますニャ。申し訳ないけど頑張って街から出てくださいニャ」

「そ、そんな事言わないで下さい。奥さんでもいいので」

「こんな暗い夜に娘を一人で帰らせるわけにはいきませんニャ。こんな外で長時間待たせるなんて事はもっての他ですしニャ……」

「そ、そうおっしゃらずに。どうかお願いします!」


 そう言って迷子さんは母に手を伸ばす。


 その直後に起こった事にミーアは目を見開いた。


 迷子さんが吹っ飛んだのだ。その体は宙を舞い、背中から地面に激しく叩き付けられる。


 母の髪飾りを見ると、飾りだと思っていた石が光っている。


——これは悪意を持ってミーアさん達に触れたり攻撃しようとしたものを吹っ飛ばすんだよ。


 クレオパスの言葉がよみがえってくる。


 それが本当ならこの男は危険人物だ。


 ミーアは両手でしっかりと母にしがみついた。

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