第29話 陣の跡地(前編)
ミーアとミメットが昼食をとっている頃、クレオパスと犬獣人父娘は猫獣人達の身体検査を受けていた。
「この耳は本物ですかニャン?」
「変わった手をしてますニャン」
「指が長いニャ。あ、曲がるニャ。これ面白いニャ」
半分は好奇心だろう。検査を受けながらつい苦笑してしまう。
「長い耳ですニャ」
「ワワン! くすぐったいですワン!」
「何揺らしてますワン? これはおもちゃではないんですよワン」
リル達はリル達で大変そうだ。
ミメットに付き添ってもらえばよかっただろうか。でも、それはカーロが良しとしなかった。子供同士なら許すカーロも、愛妻が異性と出かけるのは嫌なのだそうだ。
そんなカーロも、昨日の事を知ったらさすがにリルを同行させなかっただろう。どうやらミーアは両親に何も報告しなかったようだ。
ただ、今朝、ミーアに睨まれたのは気のせいではないだろう。
あの時のクレオパスは、リルに『無理して好きでもない男と付き合う必要はない』という意味で微笑んで見せたのだが、ミーアには『笑顔で妹を振る最低な男』に見えていたのだろう。
「武器などは持っていないんですかニャン?」
「え?」
身体検査をしてくれた猫獣人が尋ねて来る。クレオパスは首をかしげた。
「武器……ですか?」
「はい。あ、えっと、いや、ほら。悪い人間を退治してくれると……」
その言葉に納得する。この獣人達もリルと同じ勘違いをしているようだ。そんなに簡単に解決するなら苦労しない。
「今日は調べものをしに来たんですよ。それによって、その『悪い人間』がどんな奴なのか分かるんです。本人が現れてくれなければ対決も何もないでしょう」
「そういうものですかニャン?」
「そういうものです。それに、おれには魔力もありますし、いざという時はそれを使います」
「魔力?」
「この体に宿る力の一つです。悪者もそれを持っているようなので、同じようなもので対抗するのは普通の事でしょう」
きちんと説明すると猫獣人達も分かってくれた。
クレオパスも一応武器になる魔道具は持っていた。ただ、それはこちらに飛ばされた時には持っていなかった。今は師匠の家の自室に置かれているだろう。
調べ物をする所を見たいというので許可する。魔術の邪魔をされなければ見学してくれるのは全然構わない。むしろ、全貌を見る事で怪しまれないという利点もあった。
お金が現れた場所を猫獣人に聞く。そうしてそこにまっすぐ歩いていった。
その場にいたほとんどの猫獣人が着いて来た。多いな、と心の中でつぶやく。でも、文句は全くないのでそのままにしておいた。
「ひっ!」
その家を訪ねると、その家の主人夫妻は軽い悲鳴をあげた。これはミーアやその教師と同じ理由だろう。悪い人間しか知らないので、人間といえば悪いものという認識を持っているのだ。
「はじめまして、クレオパス・メランです」
「あ……う……あ……」
彼らは恐怖のあまり自己紹介も忘れているようだ。ガタガタと震えている。いや、自己紹介すら出来ないほど精神が疲弊しているのだろうか。それを見ると、彼らを苦しめた人間に対する怒りが改めて湧いて来る。
「ポピー様から事情は聞きました。今回の事、同じ人間として憤りを感じております。なので、解決に協力させていただけないかと思って本日ここに参りました」
本当はミーアの教師と対面はしていないのだが、ミメット越しに聞いているので間違いではない。
「娘はどこですか! 娘を返してください!」
家の主人はクレオパスの服の襟を掴んで揺らし始める。苦しいし、気分が悪くなる。でも、これを無視するわけにはいかないのだ。
でも、これでは調査が出来ない。なので、心の中で、すみません、と断り、軽い精神安定の魔術をかけた。
勉強以外の実践でこれをかけたのは初めてだ。かけてもらった事はある。十歳前後の頃、自分の出自を知ったせいで、夜にぐずぐずと泣くばかりで全然眠れなくなってしまったクレオパスに師匠がよくかけてくれたのだ。それと子守唄を合わせると不思議と眠れた。
それを思い出しながら丁寧に魔術をかける。荒れていた目が少しだけ穏やかになった気がする。
「大丈夫ですか?」
ゆっくりと話しかけると、猫獣人の夫婦は改めてクレオパスを見た。そして首を傾げる。
「あれ? 髪の色が違う……」
二人ともぽかんとした顔をして見つめて来る。とりあえず悪人とは別人だという事は分かってくれたようだ。
「はじめまして、おれ……あ、いや、私はクレオパス・メランと申します」
改めて先ほどより丁寧な言葉で自己紹介をする。
「えっ……あ……はい、僕はラーティクです。こちらは妻のマーシャ」
「は、初めまして」
ただまだ警戒は解けないようでガチガチしている。これは仕方のない事だ。会話が出来るだけいいと思うしかない。
まだクレオパスに怯えている二人に、彼らのご近所さんが説明をする。それを彼らは少しクレオパスを気にしながらもきちんと聞いていた。
ただ、ご近所さんの話は結構大げさだった。大筋は合っている。でも彼の話を聞いていると、まるでクレオパスがどこからか現れた正義の味方のように聞こえるのだ。
視界の端でリルが首をかしげている。どうせ、そんなにすごい存在ではないと思っているのだろう。
気持ちは分かるが、ここでその反応はやめて欲しい。猫獣人達は気づいていないのがまだよかったのかもしれない。ただ、彼女の隣にいるカーロは気づいているようで苦笑を浮かべていた。
「それでうちの子はいつ帰ってくるんだ?」
「それを調べるんだってよ」
ラーティクとそのご近所さんであろう男の会話を聞くと、マーシャはしくしくと泣き出した。いつになったら娘と会えるのか分からないというのは想像する以上に辛いものなのだろう。
「本当にどこに行っちゃったの?」
マーシャの言葉は思いがけずクレオパスの胸に刺さった。
脳裏に師匠の姿が浮かぶ。師匠はマーシャの半分くらいは寂しがってくれているのだろうか。それとも愚かな弟子の事など見限っているのだろうか。
でも、今は寂しく思っている場合ではない。やらなければならない事があるのだ。クレオパスは気持ちを顔に表さないように気をつけながら改めて猫獣人夫妻に向き合う。
「すみません。お辛いでしょうが、どこにお金が現れたのか教えていただけますか?」
お金、の一言でマーシャの顔色が青くなった。体がふらつく。それを近所の猫獣人達が支えた。リルが心配そうに駆け寄って『大丈夫ですかワン?』と聞いている。
「あ、案内します」
ラーティクが勇気を振り絞ったように言った。マーシャは彼女の近所の奥さん達が家の中に連れて行った。きっと休ませるのだろう。
リルも着いて行こうとしていたが、カーロに止められていた。これは仕方のない事だ。見知らぬ犬獣人がいたら、マーシャも落ち着かない。
「こちらです」
ラーティクが案内してくれる。クレオパス達はそちらに向かって足を踏み出した。
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