第27話 告白?

「……いや、ちょっと、何言ってんだ? リルさん」


 水を吹き出さなかった自分を褒めてやりたいとクレオパスは思った。


「いや、友達にね、クレオパスさんと仲いいのに付き合わないのかって今日聞かれちゃって……」


 何がどうなってその話題になったのかが気になる。


 リルが今、この話題を出すという事は『付き合おうか』と提案されているという事だろうか。


 お互いに恋愛感情はないはずだ。大体、知り合ってまだ一ヶ月である。


「リルさんは『お付き合い』ってなんだか分かってる?」

「鼻くっつけ合ったり、お出かけしたりする事? それから家族みたいな存在……かな?」


 間違ってはいないが、いろいろと間違っている。それとも獣人の男女交際はそういうものなのだろうか。それともリルがうぶすぎるのだろうか。

 きっと後者だろうと考える。リルはまだ子供なのだ。だったらしっかり諭して分かってもらうしかない。


「友達に言われたからお付き合いをするのか? リルさんは」

「そうじゃないの。そうじゃないけど……」


 リルには珍しく歯切れの悪い言い方だ。一体どうしたのだろう。


「リルさん?」


 うながすとリルはぽつぽつと話し始めた。


「あのね、クレオパスさん、お姉ちゃんと仲悪いでしょ」

「別に悪いわけじゃないよ」


 ものすごく仲がいいとは言えないが、それは仕方がないだろう。


 ミーアは人間恐怖症だったのだ。原因を考えても納得出来るものだし、それに関しては不満はない。クレオパスの滞在中に少しでも恐怖心が収まればそれでいいと思っている。

 その為にはその原因をしっかり取り去らなければいけないのだ。


 そういう事を丁寧にリルに説明する。リルは『だよね』と言って同意した。


 リルも分かっているのだ。それを改めて認識すると、リルが何を言いたいのかは分かる。


「つまり……付き合うふりをしてミーアさんの警戒心を解こうって言ってる?」


 間違いなくリルの言っているのはそういう事だろう。リルはリルのやり方で『大好きなお姉ちゃん』を安心させたいのだ。間違っているとしか思えないが。


「何言ってるの! クレオパスさん! 嘘つくのはよくないよ!」

「はぁ? さっきミメットさんたちに黙ってこっそりジュース飲もうとしてたのに何言ってんだよ」

「それとは全然違うの! それにお姉ちゃん、リルの嘘見破るの上手だし、『ふり』だったらすぐバレちゃうよ! そしたら警戒心たっぷりになっちゃって逆効果でしょ!」


 なのに、リルは思い切り反論して来る。どうしろってんだよ、とクレオパスは心の中でつぶやいた。


「リルさん、別におれの事好きなわけじゃないだろ?」

「え? 好きだよ?」


 子供っぽい表情でそんな事を言われても説得力はない。そういう意味じゃないよ、とため息を吐きながら返した。


「じゃあどういう意味?」


 心底分かりません、という顔でそんな事を聞いて来る。


「それが分からないうちはおれもいい返事は出来ないな」


 ぐりぐりと頭を撫でながらそう言っておく。リルは不満顔をした。子供扱いしたのが分かったのだろう。


「それよりミーアさんを安心させるなら、その原因を取り去った方がいいと思うんだけど」


 なんとか話をそらす。リルが首をかしげた。


「だから、おれが明日動くんだよ」


 静かにそう言う。それを聞いてさすがのリルも神妙にうなずいた。大好きな姉の事なのだ。真面目にもなる。


「悪いヤツをやつけるんだっけ?」

「悪いヤツがやった事の痕跡を調べるんだよ!」


 きちんと訂正しておく。リルが少し不満そうな顔をする。きっと『地味』とか思ってるのだろう。


 でも、これをやっておかなければこれからの行動も決まらない。必要な事なのだ。

 それをきちんと説明する。


「じゃあお姉ちゃんはまた怖い目に遭うかもしれないって事?」

「それを防ぐ為にアミュレットを渡したんじゃないか」

「あみゅれっと? あみゅれっとって何だっけ?」

「お守り」


 リルのおとぼけに苦笑する。あれをミーアに渡したのは今日なのにもう名称を忘れているらしい。


「リルさんも協力してくれるんだよね?」

「うん! あ、リルは不思議な力使えないけど、大丈夫?」

「そこはおれがやるから」


 にっこりと笑って安心させる。それで話は終わったと思った。後は少しだけ残った水を飲み干して眠るだけだ。


「で、リルとは付き合わないの?」


 でも、リルはまだ蒸し返して来る。


「別にその必要はないだろ」


 笑顔で返した。だが、その直後にその笑みが引きつりそうになる。扉の向こうにいた者も同じように顔が引きつっていた。その後に抜き足差し足で後ずさっていく。


「クレオパスさん?」


 様子がおかしいことに気づいたのだろう。リルが不思議そうな顔をする。何でもないよ、と返した。

 とりあえず見ていた場所の近くに時計があったのでわざとらしく見てみる。リルが同じ所を振り返っても、もうそこには誰もいないので大丈夫だろう。


「もうこんな時間か。はやく寝ないと」

「リル大丈夫だよ」

「明日朝早く出かけるんだよ」


 そう言ってやると、リルはしぶしぶと言っていい態度で水を飲み干した。


「じゃあおれがカップの片付けするからもう寝なさい」


 そう言って促しておく。どうしても対応が子供相手のようになってしまう。それはさっきの『告白もどき』を気にしてしまっているからだろう。


 リルも今度は素直にうなずいた。おやすみ、と言って寝室に戻っていく。


「リル! どこ行ってたの? また夜更かしして!」

「お姉ちゃんだって起きてるじゃない!」

「リルが戻ってくる音で起こされちゃったの! もう寝よう。ね?」

「分かってるよー! もう、お姉ちゃんのせっかち!」

「誰がせっかちよ! ニャァーーーーー!」

「ワンワン、きゃははははは!」


 扉の向こうから賑やかな声が聞こえて来る。向こうもきちんとごまかしているようだ。残されたクレオパスはカップに洗浄の魔術をかけながらため息を吐く事になってしまった。

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