第23話 「お付き合い」とは?

「ねえ、もっと楽しい話しよーよ、リル」


 シトロンが落ち込んでいるリルの背中をポンポンと叩いた。力は入っていないし、犬獣人の手はふわふわした真っ白の毛が生えているので全然痛くない。


「そうだね。リルちゃんのお姉ちゃんの事ならきっと大丈夫だよ。あの人間さんしっかりしてそうだし」

「あたし達より年上だしね。十六歳だったっけ?」

「確かそうだったね。お兄さんだから大丈夫!」

「そうよそうよ。それにリルが落ち込んでるなんてらしくないよ!」


 みんなは他人事だから能天気だ。


「……わぅー?」


 不満そうな声を出してみる。


「リ、リル! 超かわいい!」

「わんー?」


 キュッカが抱きついて来る。リルはわけが分からずきょとんとしてしまう。不満そうに見上げる顔が妙に色っぽかったのでこうなったのだが、リルは全く自覚していなかった。


「これならクレオパスさんもイチコロだよねー」


 みんなも口々にそんな事を言うが、リルにはさっぱり分からない。

 それに、話題が戻ってしまったような気がする。

 そもそも、どうしてみんなはクレオパスとリルが付き合うといいと考えているのだろう。


「ねえねえ、みんなはリルがクレオパスさんと『お付き合い』っていうのすると嬉しいの?」

「うんっ! だっていつも男の子にアタックされてもスルーしてるリルちゃんが初めて仲良くなった男の人だもん」

「いや、あいつのはアタックつーか、不器用っつーか……好きな子ほどいじめたくなるっていうか……」

「あれじゃあ伝わんないよねー」

「そうそう」

「今日もクレオパスさんの所には行かせないぞって感じで頑張ってたけど、超から回ってたよねー」

「あれはありえないよー! 酷いよね」

「でもあの人間さんはそんな男の子とはきっと違うよね」

「そうそう。犬獣人じゃないけど、優しそうだし、恋人になったら幸せにしてくれそう」

「安心してリルを任せられるよ」

「ねー」


 みんなは好き勝手言ってわんわんきゃっきゃと盛り上がっている。


 意味が分からない。それにリルは男の子に意地悪をされた記憶はあるが、アタックされた事はない。

 おまけに好きな子をいじめるなんておかしいと思う。そんなわけのわからない事をする男子が本当に存在するのだろうか。


 首を傾げていると、みんなに苦笑される。『あれは分かりにくいね』と言っていたが、みんなにとって分かりにくいのなら、リルに分かるわけがない。


 そもそもリルには『恋愛』や『お付き合い』などがまだよく分からない。

 友達に好きな人が出来て『今から告白するのー!』とか言っていると、ノリで『頑張ってねー!』くらいの声援は送る。


 そういえば二ヶ月前くらいにもシトロンが、『隣のクラスの男子に告白するの!』、と言ってみんなで盛り上がった。それは成功した。そうしてシトロンはとろけるように幸せそうな顔をしていた。

 だが、それが何をもたらすのかはリルにはよく分からないのだ。


「で、『お付き合い』って何すればいいの?」


 なので素直に尋ねた。それだけなのにみんなが固まる。


「え? そこから?」

「うん」


 そう言ってグラスを口に運ぶが、口の中には何も入ってこなかった。当たり前だ。ジュースはさっき飲み干してしまったのだ。


「クゥーン……」

「リル、それはギャグなの? それともおねだりなの?」


 キュッカにしっかりと突っ込まれた。自分の顔が熱くなるのがわかった。きっと、今は顔を真っ赤にしているのだろう。


「……うっかりミスです」


 リルが小声で答えると友達の中で大爆笑が起こった。それでも今回は怒るわけにはいかない。とりあえず悔しいのでかわりにクッキーをつまんでおく。


「そ、それで、教えてくれないの!?」


 恥ずかしくなって早口になってしまった。


「シトロン!」

「え? 私!?」


 指名されたシトロンは目をぱちくりさせているが、彼女以上に『お付き合い』の説明に最適な者はいないだろう。


「ね、教えて?」


 小首をかしげ、ぶりっこっぽくお願いしてみる。


「そ、そういうのはクレオパスさんにやりなさいよぉー!」


 シトロンは困ったように吠えている。


 でも、最初に『リルの恋を応援している』と言ったのはシトロンだ。それならば『恋』について説明するのは当たり前の事である。そうリルは思っていた。


 教室でみんなにされたようにワンワンと迫ってみる。ちょっとだけ楽しくなってきた。シトロンは困った顔をしているが、お返しなので問題はない。


「もう! リルは!」


 シトロンは文句を言いながらも観念したようにため息をつく。勝った、とリルは心の中でつぶやいた。


「私の例だけどいいよね?」


 そう前置きしてシトロンは話し始めた。


「あのね、私の彼はコニー君っていうんだけど……」

「知ってるよ!」


 名前から説明をし始めるシトロンにみんなは一斉に突っ込んだ。当たり前だ。コニーとは同級生なのだ。小さい頃に一緒のクラスになった子だっている。そして、シトロンとの事でクラスメイトの女子の間では有名になってしまった男子なのだ。


 それからシトロンは幸せそうに話し始める。少し頬をピンクに染めているのは恥ずかしいからだろうか。

 シトロンとコニーは鼻をくっつけ合ったり、頬っぺたにキスをしたり、休日にはデートという名のお散歩をしているようだ。


「シトロン、めっちゃ惚気るねー」

「何なのー? シトちゃん、自慢なのー? ねぇー! ちょっとぉー!」

「えー。いやー、うふふふ。ワンワン」


 友達にからかわれても動じていないようだ。むしろ幸せそうだ、というのがリルの印象だった。『お付き合い』というものは相当嬉しいものらしい。


 それにしても話を聞く限り二人はものすごく親密だ。


 リルはこんな事は家族としかしない。キュッカになら抱きついたりするが、その程度だ。


 と、いうことは恋人に対する気持ちというのは家族に感じるものと似ているのかもしれない。だから恋人は結婚をして家族になるのだろう。リルはそう結論を出した。


 そう考えると、リルがクレオパスと付き合うには、両親や姉に感じているのと似たような気持ちを持たなければいけないのだ。

 それはなんだか難しいようにリルには思えた。


 でも、と、思い直す。恋人がリルの家族みたいな存在なら、姉も多少は警戒心を解くのではないのだろうか。


 父と母は家族になる事で、親戚から仲間はずれにされたようだが、姉ならそんな事しないだろう。


 ちょっとは考えてみようかな、と思える。確か、ここにいない友人が告白をされて、『お友達から始めたけど、今は幸せ』とか言っていたのを覚えている。

 つまり気持ちは後からでもついてくるのだ。


 まだ『恋愛』について分からない事はたくさんある。

 とりあえず本人に相談してみなければ話にならない。年上のお兄さんなのだから、シトロン以上に恋愛には詳しいだろう。

 そしてお互いにいいものだと思えたら実行する。今はそれでいい。


 これが姉と友人の気まずい関係が終わる第一歩になるといい、とリルは願った。


「ワンワン」


 無意識に嬉しそうな声が漏れる。


 そんなリルの様子を友人達は勘違いしたまま、ほっこりと見守っていたのだった。

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